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6.
もちろん、そんなに単純なことじゃないのもわかってた。
結婚という大きな決断は、自分のメリットのためだけに決めるようなことじゃない。
わかってて、でもつい口走った。
そういうことって誰でもあると思うけど…
それでもやっぱり、軽々しく言ったらだめだったんだろう。
「ごめん、青野……私…」
『待って、謝んないで。そうじゃなくて。わかってるよ、誰でもそういうことってあるし。ただ、あれがきっかけだったっていうだけ』
「うん…」
『つーか謝るのは俺だよな?告白しといてあれはねーよな…』
ふかーいため息が聴こえてくる。
えー、自分で言い出した。
なら言っちゃおうかな…?
「まぁ、そうだよね…?」
『…なんでそんなに自信なさ気なんだよ?』
「いや、もう私、よくわかんなくなっててさ」
『なんだそれ。俺の告白その程度なの?』
「違うよ。そうじゃなくて……考えてたよ本気で」
『ふーん…』
意味深な「ふーん」はやめてほしいなぁ…
『で?』
「え、でってなに?」
『答え。出てたの?』
「出てない、よ」
とっさに嘘を吐いた。
だって、付き合おうと思ってたなんて。
それこそ今になって言えるようなことじゃない。
『ほんとに?』
「うん…」
『………そっか』
「…………」
嘘だってバレてるような気もした。
青野はそういうの、けっこう鋭いと思う。
『わかった。もう訊かないよ、安心しろ』
「ん……」
もう電話、切るかな…
『ところで有澤は訊かないの?』
「え、何を?」
『俺とは……じゃなくて岩崎のこと』
「…………」
いやいや青野よ。
お前さっき、花って呼んでるからな。
「いいよ別に」
知りたくもないし。
何なら見当ついてるし。
そのうち彼女の方から話振ってくるだろうし。
『えー、訊けよ』
「いいって」
『俺、結婚願望強いんだよね』
「…………」
聞かないって言ってんのに…?
「……へぇ」
『30代前半のうちに結婚して、子供は二人は欲しい。ちなみに奥さんとはじじいになるまで手を繋いでたい派』
……いい奴。
『なぁ、今ちょっといいなって思ったろ?』
「そういうとこがなければの話だよ」
『はぁ…わがまま言うなよ』
「どっちがよ」
あれ、これじゃいつもと同じじゃない?
いつの間にか変なわだかまりみたいなのが消えてて、心が楽になっていた。
『昔からそうなんだよ。目標はうちの両親なんだけど』
「ふぅん……いいご両親なんだね」
『まぁね。だから、岩崎が妊娠したって言ってきた時にすぐ決めたんだ』
結婚、て。
「……さらっと言うね」
『事実だからな』
「やっぱひとつだけ訊いていい?」
『何なりと』
「岩崎さんとは、付き合ってた?」
それを言う瞬間、すごくどきどきした。
もしかしてって、思ってて。
誰かと付き合ってることを一切隠さない性格の青野が、ひと言も漏らさなかったと思えなくて。
ワンナイト、ってものが、この世には本当にあるんだって知ったから尚更。
もしかして、青野も……?
『……いや』
そうじゃないって言う青野の声は、少しかすれてた。
『付き合っては、ない。でも彼女がいない時にたまにするっていう関係だった』
「…そっか」
『……有澤』
「大丈夫。そういうのに偏見ないよ」
『……ありがとう』
「うん…」
おめでとう、は言わないほうがいい気がした。
言うとしても、今じゃないな…
『俺、子供好きだからさ。生まれたらめちゃくちゃ親馬鹿になると思う』
「はは…そんな感じだよね」
『彼女、休暇取るって言ってたから…しばらく迷惑かけると思うけど、頼むわ』
「うん。任せて」
言われなくてもそこはきっちりやる。
仕事だもん……
『じゃぁ…また会社で』
「ん、じゃぁね…」
電話を切って。
しばらくソファに座ってた。
これでもう、青野とのそういう絡みはないなー…
長年支え合った同期の結婚。
電話に出るまでは、モヤモヤしてたけど。
話して少しスッキリした。
「…よーし。お風呂入ろー」
立ち上がって、バスルームに向かった。
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