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7.
翌朝は気分もスッキリ出勤して、朝からバリバリに仕事をこなした。
「これ、新規の担当誰だっけ?」
「まだ決まってないですー」
「あ、そう…」
昨日の午後、青野が取ってきた仕事だ。
最近都内に進出してきた、北海道発のラグジュアリーホテル。
北海道産の食材を使った豪華な食事が有名で、そこで使う食器類の営業を掛け、見事勝ち取ってきた。
岩崎さん…は、無しだよね…
比較的担当件数に余裕があるのは彼女だけれど、いつから休暇に入るのかわからないし、これからの体調によっては新規を増やすのは厳しい。
「奥村さん、どう?」
「あー、今別件で発注トラブルに追われてます…」
「そっか…、門平くんは?」
「俺も厳しいっす。先月分の整理が終わってなくて」
いや、それは君の怠慢だなぁ…
「「有澤さん、お願いしますー」」
「………あらら」
結局そうなる?
私も、件数抱えてるんだけどなぁ…
「んー…」
でも、青野が頑張って取ってきた新規だし。
これから子供が生まれて頑張っていくって決意した同期を、応援したい気持ちはある。
「…よし。それじゃ私が受けるね」
「あざーっす!」
「お願いしまーす」
「了解。営業行ってくる」
担当になったこと告げ、客先の詳細な情報が欲しいと言うと、青野は「よろしく」と笑顔を浮かべた。
「有澤でよかったよ」
「ん?なんで?」
「向こうの雰囲気に合ってそうな気がする」
「へぇ…」
雰囲気とか、そんなのあるかな?
企画は営業ほど客先と直接やり取りすることはないけど。
「まぁ、頑張るよ」
「頼む。取ったはいいけど一筋縄じゃいかない気がするから」
「………まじか」
「でも有澤ならいける気がする」
「……褒めても何もでないよ」
「ははは」
「まぁ、できるだけのことはするから」
「おー、よろしく」
「ん」
差し出された資料を手に戻ると、もうお昼だった。
「ランチ行ってきまーす」
「はーい」
フレアスカート姿の岩崎さんが営業部に向かうのを見送り、メールの確認をする。
「有澤さん、一緒に行きません?」
「あ、今日は持ってきたからここで食べるの」
「そうなんすか。それじゃ」
「行ってらっしゃい」
奥村門平コンビが廊下に出て行ったあと、青野と岩崎さんが並んで歩いている姿が視界に入った。
今日は仲良くランチか…いや、昨日もそうだったのかも。
「…お?」
デスクの端で震えるスマホに気付いて手に取る。
莉奈からLINEで『友達復活した』って入ってた。
「ふふふ…」
昨夜、お風呂を出てから電話した。
青野と話したこととその内容を全部話して、友達やめるのはやめてよって言った。
莉奈はまだ少し不満そうだったけど。
考え直してくれたんだな…
良かった、って素直に嬉しい。
奴が結婚して家庭を持っても、同期としての友情は続いてもいいと思う。
幸せになれよー、青野。
…あと好きになってくれて、ありがと。
心の中で、そーっと呟いた。
午後一番で、例のラグジュアリーホテルの打ち合わせに行くという青野に連れられて会社を出た。
「展開、早くない?」
「そうか?先方も乗り気なんだろ」
「…食器類、既存のじゃなくてオリジナルで起こすのが希望なんだよね?」
「そう。頑張ってくれ、企画部さんよ」
「………」
笑ってんじゃないってのー…
電話が来たからと強引に連れ出されたおかげで、午後の仕事が全部明日に回ってしまった。
これだと、一週間のスケジュールを組み直さなければならない。
「はぁ…」
「まぁまぁ、帰りに何か奢ってやるから」
「いや、いいよ」
仕事なんだし、やると決めたからにはやる。
今日の私はけっこう気合が入っている。
「もう着くぞ」
「うん」
打ち合わせに指定されたのは、ホテル建設予定地の近くにあるという先方の仮のオフィスだった。
ホテルが完成するまでのレンタルらしい。
「ここ?」
「そう」
着いたのは、これもホテルじゃない?て感じの大きなビル…いや、ホテルだろ。
「どういうこと?」
「上の方の階、長期レンタル対応なんだってさ」
「へぇぇ……」
そんなシステムがあるのも知らないし。
「ほら、行くぞ……あ」
「?」
駐車場から出ようとしたところで、青野が前を歩いている人に気付いた。
「鳴海さん!」
その声に、スーツ姿の男性が足を止める。
鳴海って確か、客先の担当者…の……
車内で青野から聞いた情報を思い出しているうちに、男性が振り返った。
「……あぁ、青野さん。昨日はどうも」
「お世話になります!こちらこそ早速ご連絡いただきましてありがとうございました」
青野の営業トークが耳を通り抜けていく。
私の目は、品よくスーツを着こなした目の前の男性に釘付けだった。
「いや、何度も呼び出して申し訳ないのですが……」
「いえいえ、そんな。あ、こちらは当社企画部の有澤です。今回いただいたお仕事は、今後私と彼女が担当いたしますので…」
「………」
「…鳴海さん?」
鳴海、ていうんだ……鳴海史朗、さん。
それにしても、なんでこんな。
「おい、有澤?」
青野に肘でつつかれて、我に返った。
「……っ、あ、うん…」
「大丈夫か?…つか、挨拶して?」
「う、うん。…はじめまして、喜原屋企画部の有澤と申します」
「……はじめまして。㈱GrandOceanの鳴海です」
お互いに無理やり笑みを浮かべて、ぎこちなくお辞儀をした。
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