3night

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5.  あの夜も、そんなふうに笑ってた。 だから、想像できてしまう。 「でも、かっこいい、です…」  イケオジの史朗さんの、少し恥ずかしそうな笑顔。 目を閉じたらすぐ思い出せる。 『…ありがとう』 「…ど、どういたしまして」  えーと、それで? 何だっけ? 「…あっ、提案ていうのは…?」 『うん、それなんだけど…』  仕事ではきっと、これからも何度も会うことになるだろう。 来週だって、もう予定が入ってる。 ホテルがオープンするまでは、幾度となくやり取りが続く。 『今日みたいに、君が気になって仕事に集中できないと困るんだ』 「そうだったんですか…?」  そんなふうには見えなかった。 ずっと真剣な顔で集中しているように見えた。 『…そうだったよ』 「…………」  もう無理だ…心臓が破裂してしまいそう。  そんな私の状態を知るはずもない彼が、「だから」と続ける。 『仕事じゃなく、…もう一度プライベートで会ってもらえないかな』 「プライベート…」 『うん…』   どうだろう?と言われて。 ぶわっと、顔が熱くなった。  どうしよう…… 嬉しい、しかない。 「は、はい。大丈夫、です」  膝の上の右手を、ぎゅうっと握りしめる。 『…そう、良かった』  史朗さんの声までが、嬉しそうに聴こえた。 『いつがいいかな?』 「え、と…」  平日の、終業後? それとも、週末?  ど、どっちがいいんだろう… 「あの、史朗さんのご都合は……?」  焦った挙げ句、質問に質問で返してしまう。 『俺はいつでも…と言っても、明日明後日は会食の予定だったかな…。金曜の夜はどうだろう?何か美味しいものを食べに行くのは?』 「美味しいもの…」  彼との食事。 一緒に美味しいものを食べる。  うわぁ…贅沢…… 『一週間頑張ったご褒美。ご馳走させてくれる?』 「……いいんですか?」  おそらく一回り以上歳上の彼に、自分の分は出します、とは言いにくくて。 少しだけ、甘えたい気持ちもあった。 『もちろん。俺が誘ったんだから』 「じゃぁ、…お願いします」 『うん。何かリクエストはある?』 「いえ、おまかせしてもいいですか?」 『いいよ』  話している間中、どきどきしていた。 声が震えそうになるのを、押し隠して。 『それじゃぁ、どこか考えておくよ』 「はい…。楽しみにしてます」  本当に楽しみだった。 まだ火曜日で、一週間が始まったばかり。 いつもなら、気だるさもあるのに。  金曜まで頑張ろう…  もうそんな気分になってた。 『19時には出られると思う。その頃どこにいる?』  その時間なら、普段は残業していなければ電車の中だけど。  待ち合わせして食事に行くなら、史朗さんのオフィスの近くにいた方がいい…? 「あの……もし良かったら私、そちらのオフィス近くで待ってます」  確か近くにカフェがあったはず。 『え、それは申し訳ないな…俺が迎えに行こうと思ってたんだけど』 「いえ、お忙しいのに申し訳ないので」 『うーん…』 「私の方が早く終わりますから」 『……そうか』  こういうところ、可愛くないかもしれないけど…  昔から効率的な考え方ばかりしてしまうのは、共働き家庭に生まれた三人姉弟の長女だからかもしれない。  やばい、ひかれた…?  違う意味でどきどきしていたら。 『それならお願いしようかな…。近くにチェーン店のカフェがあるから、そこで待っていてほしい』  史朗さんはそう言ったあと。 『ありがとう、俺に合わせてくれて』  優しいな、って。 言ってくれた。 「そんなことないです…」 『いや、あるよ?』 「ないです…」 『そうかな…』  くすくす笑っている音を聴きながら、じんわりと胸が温かくなるのを感じて。  電話で話してるだけなのに、不思議…  テーブルの上には、まだほとんど食べていない夕ごはんが残っているけど。 何だかもう、おなかいっぱいだった。
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