1night

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2. 「綺麗な身体だね…」  そんなこと、ない…  ベッドに座ったままで。 「お世辞、いらないですよ…」  ちょっと卑屈な気分で、そう言ったら。 くすり、とオジサマが笑った。 おじさん、じゃなくて。 イケオジ、でもなくて。 オジサマ。 それが一番、似合うから。 「お世辞じゃないけど…」  そう言いながら、近付いて。 バスローブの合わせ目に指を掛ける。  まだ脱いでないのに綺麗かどうかなんて、わかるわけないじゃない…?  なのに。 「わかるよ」 「………」  まるで私の考えてることを見透かしたみたいに、そんなことを言った。  そのまま、ゆっくり前を開かれる。  …見てる。 「…下着、つけてこなかったんだ?」 「…いらない、かなって…」  だって、シャワーしてる時点でもう間違いなくそういう雰囲気なわけ、で。  特別、見せたいような下着でもなかったから。 「そう…」 「………」  開かれて、落ちるバスローブ。 紐はほどいてないから、腰の辺りにたまる。  見て、る……?  オジサマの視線は、さっきまでとても優しかった。 「………」  今だって優しいまま……、でも。  見られてる上半身の皮膚が、何故かひりつく。  沈黙が痛いほど…  何か、言って。  黙っていないで。  ふ…、と。  人差し指が伸びてきて。 「綺麗な色だね」  触れた、胸の先端。  その瞬間、震えた。 「………っ」  下、が。  じわっと、濡れたのがわかった。 「君は…」 「………?」 「いや、……」  何を言おうとしたのか、わからないまま。  オジサマがその手で、私の顎をつい、と上向かせた。 「キスは好き?」 「………」  好きと、思ったことはない。 でも、嫌いと思ったこともなかった。 「してもいいかな?」  それは、嫌と言ったらしないということ? 「……はい」  頷いてから、思った。 この人は、私の嫌がることはしないだろうと。 「…ありがとう」 「………」  感謝されるようなこと、したのかな… そもそもこの人はどうして、私を…?  その考えを遮るみたいに。 オジサマが近付いてきて。 「………、……」  ふわりと、唇に触れた。  柔らかい感触と、温かさ。 ミントの香り。 少し離れて、でも。 至近距離のまま、見つめ合う。 「嫌じゃない…?」  また、きいてくれるの?  どうしてそんなに優しいの…?  でも。  今はそうじゃなくて。 「…やじゃ、ないです…」  この、優しくて少し、淋しそうな目をしたオジサマが。  愛おしいような、そんな気になってしまった。 「もっと…、したいです」  そんなことを、言ってしまった。 「……可愛いね」 「………」  ベッドの上。  座る私の、むき出しの肩に手を掛けて。  やさしく、押す。 「嫌だったら、言って?」  まだそんなこと言ってる…  予感があった。  この人のすることで、嫌なことなんかない。 「………はい」 「………」  すぐに始めず、何かを探り出すみたいに私を見てるオジサマ。  その瞳に、私が映ってる… 「…してほしいことも、あったら言って」 「………」  私の中の、何を見たんだろう。  どうしてわかるの… 「抱きしめてほしい…」  気付いたら、そう言ってた。  オジサマは、優しく笑って。 「いいよ」  そう言った。  仰向けの私の横に降りてきて、抱き寄せるみたいにして。  抱きしめてくれた。  あったかい…  目の前にある、オジサマの胸元。 静かに上下するそこを見つめながら、何故か涙が出そうになる。  なんでだろ…  きっと疲れているんだと思った。  身体と、心が。  元々、溜まっていたところに、あの阿呆同期と部下の結婚話でとどめを食らった。  あれのせいで、何かが決壊してしまったのだ。 「疲れてる…?」  しばらくそのままでいて、やがてオジサマの静かな声が降ってきた。 「……少し」  か、どうかはわからない。 疲れているのは確か。  くす、と笑う気配。 「やめておく?」  このまま眠ってもいいよ、なんて。  言うと思わなかった。  オジサマは余裕があるらしい。  でも、私はもうその気だった。 「いや」 「そう?」 「したい」 「…そう、なの?」 「そう、です…」  人生で初めて、こんなに大胆な事を口にした。  この、名前も知らないオジサマだから言えるんだと、わかってた。
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