3night

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6. 「お待たせしました、企画部有澤です」  受話器を耳と肩の間に挟んで会話しながら、メモ用紙にペンを走らせる。 「その件でしたら、依頼先からの返事待ちです。今日中には……はい」  来週、水曜、納品…  書いた文字を目で追っていた奥村さんが、こっちを見て頷いた。 「はい、どうぞよろしくお願いします」  受話器を置いて、一息つくと。 向かいのデスクに戻って別の回線で電話を掛け始めた奥村さんが、こっちに向かってグーサインをしてくれた。 あとは任せてくださいってことだ。  よかった、間に合いそう…  納期がギリギリになってしまった納品の件。 先方からの確認電話で事が発覚し、朝から対応に追われた。 担当の岩崎さんが今日は体調不良でお休みだと連絡があり、急遽私が変わって手配をしたけど。 他の仕事の合間を縫ってのことで、けっこう大変だった。 でも、どうにか目処がつきそうだ。  あぁ、ほっとした…  そう思う反面。  でも今日は何でもできそう…  なんて、調子に乗ってる自分もいる。  浮かれまくりの心が顔に出ないように、朝から意識して表情を引き締めてるくらいだった。  だって今日は金曜日なのだ。  史朗さんに会える……  火曜にした約束、食事のお誘い。  浮かれるなっていうほうが無理。  今日着る服を選ぶのに、昨夜二時間もかかった。 「有澤さーん」 「うん、何?」  振り返ったら、そこには門平くん。 「お疲れ様ッス。まぁひとつ」 「あ、あぁ…」  ぬ、っと差し出されたのはスティック状のチョコレート菓子。  相変わらず、好きだなー…  彼は無類のお菓子好きで、いつ見ても高確率で何か食べてる。  たまに、お菓子でお昼ごはんしてるもんね…  その割に痩せ型なのが、羨ましいやら怖いやら。 実は心配してるけど、今はまだ若いから平気と豪語してるので、とりあえず放っておいてみてる。 「ありがとう……ん、おいしいね」 「新発売です。コンビニで259円」 「………」  その情熱を、もう少しでいいから仕事に向けてほしい。 「で、有澤さん」 「…うん」  なになに。 何だか真剣だ。 「俺見ちゃったんすよ」 「………何を?」 「あれはやばいっす」 「………」  だから、何が? 「岩崎さんなんすけど」 「え」 「今日休んでるでしょ?」 「う、うん…」 「昨日の帰り際、また電話がきてて。最近多くないすか?」 「そう…?」  個人的な電話の有無なんて、気にしてない。  とはいえ確かに、勤務中にあまりにも多いのは良くないけど。 「多いんすよ。あのデキ婚発表したあとから」 「…門平くん、授かり婚と言いなさい」 「俺的にはどっちでもいいんで。で、電話もそうなんすけど何か変じゃないっすか?」 「………」  その、すかすか言うのやめてほしい… 「岩崎さん、電話がくるとすげー嫌そうな顔するんすよ。でもすぐに折り返すんです。それも必ず席を外して」 「そうなんだ…」 「有澤さんは忙しいから気づかないんだと思いますよ?でもね……俺、見たんす」 「うん…」  昨日の着信のあと、またスマホを持って出て行ったから後を追ったという。  私その頃、何してたんだっけ? 昨日は…あ、営業とミーティングしてたか。  そこには青野もいたから、岩崎さんの行動には気づいてないだろう。 「俺、ちょっと腹も立ってて。いくらスマホ携帯許されてたって、私用でそんな何度もおかしいじゃないすか」 「確かに」 「でしょ?そんなんでいて、妊娠してるからって仕事軽くしてもらってんのは違うと思うっす」 「う~ん…」  その辺はちょっと難しい…かな。  岩崎さんの休暇を見越して、彼女が担当するはずだった仕事をいくつか門平くんにも振った。 それほど大きな仕事ではないけど、もともと遅れがちな門平くんにしてみれば負担が増したことになる。 不満に思う気持ちは理解できた。  ここで失敗すると、こじれるかな…  チームリーダーとして、それは回避したい。 「それは私から一度話してみるよ」  どちらにしろ、休暇の申請の件やらもある。 今はお父さんの育休もあるから、どう取るのかよく話し合って決めてもらわないと。  門平くんともゆっくり話した方が良さそうだな。 「頼みますよ。目の前にそういうのがいるとやる気失せるんで」  …言うなぁ。 「わかりました」  私の返事に、門平くんは一応納得した様子でうなづいた。 そしておもむろに。 「男です」  と、言った。
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