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3.
「え、今日も?」
「はい、電話がありましたよ」
「そう…」
岩崎さんのお休みは週明けも続いた。
体調不良なのだとしたら、金曜から四日目になる。
よっぽど具合が悪いのかな…
金曜に連絡しようかと思っていたけど、門平くんから聞いた話のせいで何となくしづらくなり。
そのあと史朗さんと会ったらすっかり忘れてしまった。
私って薄情だわ…
昨日は思い出したものの、休みにわざわざ電話してもと結局連絡せず。
門平くんの話…
金髪の男性と会っていたという話が、どうしても気になる。
男性が岩崎さんを抱きしめようとして、叩かれていたらしい。
そんなのはもう、普通じゃないし。
…でも、それはどう考えてもプライベートだよね…
職場の上司が口を出すことじゃない。
お休みは、妊娠初期の体調不良なのかもしれないし…
でも、青野のことも気になる。
岩崎さんとその金髪男性のことを知っているのか、いないのか。
「はぁ……」
どうしたものか。
デスクの端に置かれた電話を見ていると。
「はよっすー、有澤さんと奥村さん」
「あ、おはよう」
門平くんが出勤してきた。
彼はいつものようにノーネクタイの軽装で、たぶんお菓子が詰まった大きなバックパックを背負っている。
あの中には、彼のチャージ用のお菓子が1週間分入っているのだ。
企画部は時々顧客から呼び出されることがあるので、あまりにもカジュアルな服装はまずいのだけど、彼はそんな時に備えてロッカーにスーツ一式常備している。
「今日も新作盛り沢山っす」
「………」
ほくほくしている門平くんを横目に、奥村さんに確認する。
「岩崎さんのお休みの理由は聞いた?」
「体調不良とだけ。妊娠初期ってそういうのあるんじゃないんですかね」
「そうだね…」
「あ、また休みなんすね」
「うん、今日の分の岩崎さんの仕事確認しないと」
そういった途端、門平くんの表情が歪む。
何か文句を言いそうなので、先回りして「私がやるから」と言った。
「もしかしたら手伝ってもらうかもしれないけど、とりあえず任せて。二人は自分の案件進めてくれる?」
「わかりました」
「……了解っす」
「うん、よろしく」
とりあえずこれでいい…
自分の仕事にはいくらか余裕があるし、月曜の朝から愚痴や小言のやり取りはしたくない。
その雰囲気が金曜まで続いたりしたら最悪だ。
それに、今の私は…
「有澤さん」
「え?」
「何か今日、いつもと違いません?」
「……そう?」
奥村さんは、こういうのにけっこう鋭い。
「キラキラしてるっていうか…」
「…………」
「つやつやしてるっていうか…」
「…………」
……そんなに?
普通にしてるつもりだけど、出ちゃってるんだろうか。
浮かれっぱなしのこのテンションが。
「えー、なんすか。有澤さんいいことあったんすか?ずりー」
「いや、別に……」
てか、ずりーって何よ?
門平くんの視線まで向けられてしまい、ちょっと恥ずかしくなってくる。
「うーん…言われてみると、何か化粧がいつもと違いません?」
「同じだよ」
そんな、心の中を見た目にがっつり盛り込むほど若くはない。
「でも化粧ノリがいいですよね」
うぐ。
やっぱり奥村さん、鋭い……
「金曜日もそれっぽい服でしたしー……」
「…………」
あぁ、もうやめて……
こういうのは苦手だ。
「……男、ですね」
「おお~」
よかったっすね、と門平くんが拍手した。
「ちょっとやめて、そんなの」
「いいじゃないすか。有澤さん、もうけっこうフリーでしたもんね」
「…それ、君に関係ないでしょ」
「関係ないですけど、せっかく美人なのにもったいないっていうか」
もったいながられても、嬉しくないんだよ…
「とにかく、もう始業時間です」
「あー、逃げたー」
「逃げたじゃないの、もう仕事始めるよ」
「あとで聞かせてもらえます?」
「………」
奥村さんまで…
相手が取引先の副社長なんて、社内の人間に言えるわけがない。
「だめ。はい、仕事する!」
「えー、つまんね…」
「聞きたいなぁ…」
なんでそんなに人の恋愛事が気になるんだか。
あ、でも。
莉奈には隠しておきたくないなぁ…
入社以来の友情だけど、この間お互いの恋愛話は全て隠さず打ち明けてきた。
莉奈は総務部だから、直接史朗さんの顔を知っているわけでもないし……、…よし。
ノートパソコンを開きながら、今週どこかで食事に行けないか訊いてみようと決めた。
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