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5.
「ジャスミングリーンティーです」
ロンググラスが2つ届いて、お互い手にとって口に運ぶ。
爽やかなジャスミンの香りと冷たい感触が、喉を滑り降りていく。
ひと息ついてから、莉奈の目を見た。
「…史朗さんが、どういうふうに私を見てくれてるのか、まだよくわからないけど…」
「うん…」
「彼といると、すごく癒されるの…」
「癒しかぁ……」
それは最強だね、と言う莉奈。
「仕事忙しいし、何かとストレス多いしね」
「うん。ずっと思ってたんだよね…疲れた時に癒してくれる人がいたらいいのにって……あ、ちょっと、そういう意味じゃないよ。精神的にだよ。…それで、私もその人のことを同じように癒すことができたらいいなって…」
「……澄香らしいね」
「そうかな…」
「そうだよ」
「…………」
「わがまま言える相手ができて、良かったんじゃない?澄香、基本的に自分で背負い込む派だし」
「わがままか…」
言っても、彼は笑って受け入れてくれそうな気はする。
30の私が言うのも変だけど、彼はとても大人だから。
「しかし、17歳上かぁ……」
生春巻きに箸を出しながら、莉奈がつぶやく。
「47でも性欲ってあるんだねー」
「…ッ…り、莉奈」
「だってそうでしょうよ。会うたびにって結構だよ。しかも一度に何回も…」
「やだやだそれ以上はやめて!」
「…はいはい」
生春巻きをぱくりといく親友の顔が見れない。
仕方なくうつむいて、自分のお皿のサラダに箸を伸ばした。
何やってんの私ー…
全部話さなくても良かったのに…
出会いからの経緯が経緯だけに、省くことが難しかったそっちの話。
だからといって、何もかも話さなくても良かったのだと今気づいた。
いたした、くらいにしとけばよかった…
後悔しても遅いけど。
無言でサラダを食べていると、向かいからムフフという怪しい笑い声がする。
「………なに?」
「いやぁ…、彼氏さんさぞかし…」
「さぞかし?」
「澄香の悩殺ボディを堪能してその虜に…」
「莉奈!」
「はいはいわかった」
もう言わない、と言いながらにこにこしている親友に、くれぐれもこのことは内緒だと言い聞かせた。
「………あれ」
帰宅してからお風呂に入って出てきたら、テーブルに置いたスマホのランプが点滅していた。
誰だろ…
もう時間も遅いし、史朗さんとは帰りの電車の中でラインした。
おやすみなさい、まで送ったから。
史朗さんじゃないよね…
髪を拭きながら、だとすると?と考える。
相手が思いつかないまま、ドライヤーより先にスマホを手に取った。
気がかりなことがあると、ずっと気になってしまって他が手につかないから。
「……え」
相手は青野だった。
ひと言だけのメッセージは。
『岩崎の休みの理由教えて』
えー…?何いってんの…?
とっさにそう思った。
未来の妻が休みを取っている理由なんて、彼女本人に訊くべきでは?
「いや、別に教えたっていいんだけど…」
ぶつぶつ言いながら、返事をすると。
即既読になってしかも電話が掛かってきた。
「ぅわっ…」
出ようか、出まいか。
返事がくるのをじっと待ってたみたいなタイミングなのも何だか怖い。
それでも、無視するのもおかしいから。
「…はい。もしもし」
結局応答してしまう。
こういうとこだろうな…長子気質。
基本、真面目なのだ。
『有澤、遅くにごめん』
寝てた?って訊かれて、さっき帰ってきたところだと答える。
「莉奈とご飯食べに行ってたから」
『あぁ、小島と。どこ?』
「ちょっと遠いとこのアジアンフードのお店」
『へぇ、美味かった?』
「うん…」
なんていうか、長年の付き合いで気付いてしまう違和感。
青野はどこか上の空だ。
「それよりも用件は何?岩崎さんと何かあったんじゃないの?」
そう言ったら、やっぱり青野は言葉に詰まった。
よそ様の事情に首を突っ込む気はないけど。
岩崎さんの様子も、気掛かりだった。
こうなるとまた、門平くんの話が頭を過る。
「お休みの理由は体調不良みたいだけど、青野は聞いてないの?詳しいこと」
『あ~……、うん…聞いてない。つーか音信不通なんだよ。先週末からさ』
青野はさらりと、とんでもないことを言う。
「音信不通ってどういうこと?」
『俺にもわかんないけど、とにかく連絡しても全部無視されてる』
「…………」
それは……きついな。
『ごめん、有澤にこんなこと言って』
わかってるんだけどさ、と続けて。
『他にどうしようもなくて』
本当にどうしようもなさそうな声で、青野はつぶやくように言った。
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