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6.
「うん、わかるよ…」
青野の場合。
プライベートでつながれないのだとすると、職場でと思うのは当然だ。
でも彼女は出勤してないから…
岩崎さんの上司である私に訊くしかないわけで。
筋は通ってる。
「あのね、私が直接話したわけじゃないから、詳細まではわからないんだ。でも明日は来るかもしれないし、そしたら話せるでしょ」
『そうだな…』
その暗い声で、明日も来なかったら?と訊かれてるのがわかった。
「もし明日もお休みなら、私が社の番号から連絡してみるよ」
会社からの電話なら出るかもしれない。
ラインも送ってみてもいいし。
『悪い、頼む』
「うん」
『…頼りになるな、有澤は』
力の無い笑い声。
そういうのを聞いてしまうと、何とかしなければと思ってしまう自分がいる。
「まぁ、仕事でもあるからね」
『だよな。でも迷惑かけてごめんな』
「いいって。用事はそれだけ?」
『あぁ。………いや』
どっちなんだ。
「何、まだあるならさっさと言って」
『あのさ…』
「うん」
『………あー…、やっぱ何でもない』
「……気になる言い方だな」
『ほんとに。何でもないよ』
ごめん、て言うけど。
その、ごめんをやたら言うのがもう変なのだ。
でもまぁ、いいか……
時間も時間だし、まだ月曜なのでそろそろ寝たい。
「それじゃまた明日ね」
『ん。またな』
「おやすみ」
『おやすみ』
電話を切って、手早く髪を乾かす。
時計を見たら、もう日付が変わるところだった。
ベッドに横になると、目を閉じて思い出すのは彼のこと……
車の中で、キスをした。
夜の、とは違う。
すごく優しいキスだった。
思い出したら、胸がキュンとする。
史朗さん……
目を開けたら、彼はまた笑っていて。
それが寂しそうでもなく、苦笑いでもなく。
嬉しそう、だったから。
私だけが嬉しいんじゃないって思えた。
「ありがとう、澄香」
彼がそう言って、またキスしようとしたところで。
駐車場にマンションの別の住人が現れたので、恥ずかしくなって離れた。
「朝から車の中でなんて、ごめん」
と、謝る史朗さんが少し可愛かった。
今日の予定はと訊かれて、特に何もないと答えたら、それなら出かけようと誘ってくれた。
「せっかく車だし時間もある。少し遠出しようか?」
その素敵なお誘いを断るなんて頭は微塵もなくて、言われるままに動きやすい服装に着替えてまた車に乗り、彼のオフィス兼自宅になっているホテルへ。
同じくラフな服装に着替えた史朗さんと、そのままドライブデートをした。
行き先は、海。
ビーチには降りずに、海風にあたる程度に散歩をして、まだ新しそうなお店で食事をした。
史朗さんは話題が豊富で、仕事のことや北海道のこと、東京での生活についてもたくさん話してくれた。
同じくらい私のことも話したと思う。
訊かれるままに、何でも答えた。
帰りの車の中で。
「俺は今年、47なんだけど」
大丈夫?と問いかけてくれた史朗さん。
もちろん大丈夫だった。
何ならそれくらいかなと予想してた。
「澄香は30だと言ってたね」
私は初めて会った時に、酔っ払って年齢までぶちまけていた。
「そんな年上の男と付き合ったことはある?」
「ないです…」
「…だろうね」
「あのでも私…」
「澄香?」
「は、はい」
「俺はだからといって、君を手放す気はないよ」
「…………」
「そんな気にはならない…」
その、少し意味深な言葉に首を傾げそうになったけど。
「じゃぁ、ずっと一緒にいてくれますか?」
あなたは隣にいるだけで、私を癒してくれる人。
私も、あなたを癒したい。
そう言った私に、彼は。
「……いるよ」
笑いながら、そう答えた。
そして。
「一緒にいよう。……澄香が俺に飽きるまで」
そんな言葉をくれたのだった。
「飽きるまで、って……」
どういうことだろう。
ベッドサイドのミニテーブルで、音をたてずにいるスマホを見つめる。
もう一度メッセージを送ろうかどうしようか、かなり迷って結局やめた。
飽きたら終わりということ?
でも、私が、って彼は言った…
自分から離れることなんて、想像できない。
恋愛の始まりはそういうものなのかもしれないけど、間違いなく言えるのはこれまでにしてきたどの恋よりも、今の史朗さんへの想いの方が強いということ。
だから飽きるなんてそんなことは、あり得ない。
100歩譲って、飽きたら終わりなのだとしても。
私が飽きさえしなければ、終わらないということ…?
彼の言い方は、そう取れる。
それならそれでもいい……絶対、飽きないもの。
自分でも不思議だ。
どうしてここまで強くそう思えるのか。
「やっぱり、ひとことだけ送ろうかな…」
どうにも我慢できなくなって、スマホに手を伸ばした。
少し、考えて。
『史朗さん、大好きです』
送信した。
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