5night

6/11
前へ
/148ページ
次へ
6. 「うん、わかるよ…」  青野の場合。  プライベートでつながれないのだとすると、職場でと思うのは当然だ。  でも彼女は出勤してないから…  岩崎さんの上司である私に訊くしかないわけで。 筋は通ってる。 「あのね、私が直接話したわけじゃないから、詳細まではわからないんだ。でも明日は来るかもしれないし、そしたら話せるでしょ」 『そうだな…』  その暗い声で、明日も来なかったら?と訊かれてるのがわかった。 「もし明日もお休みなら、私が社の番号から連絡してみるよ」  会社からの電話なら出るかもしれない。  ラインも送ってみてもいいし。 『悪い、頼む』 「うん」 『…頼りになるな、有澤は』  力の無い笑い声。 そういうのを聞いてしまうと、何とかしなければと思ってしまう自分がいる。 「まぁ、仕事でもあるからね」 『だよな。でも迷惑かけてごめんな』 「いいって。用事はそれだけ?」 『あぁ。………いや』  どっちなんだ。 「何、まだあるならさっさと言って」 『あのさ…』 「うん」 『………あー…、やっぱ何でもない』 「……気になる言い方だな」 『ほんとに。何でもないよ』  ごめん、て言うけど。 その、ごめんをやたら言うのがもう変なのだ。  でもまぁ、いいか……  時間も時間だし、まだ月曜なのでそろそろ寝たい。 「それじゃまた明日ね」 『ん。またな』 「おやすみ」 『おやすみ』  電話を切って、手早く髪を乾かす。 時計を見たら、もう日付が変わるところだった。 ベッドに横になると、目を閉じて思い出すのは彼のこと……  車の中で、キスをした。 夜の、とは違う。 すごく優しいキスだった。 思い出したら、胸がキュンとする。  史朗さん……  目を開けたら、彼はまた笑っていて。 それが寂しそうでもなく、苦笑いでもなく。 嬉しそう、だったから。 私だけが嬉しいんじゃないって思えた。 「ありがとう、澄香」  彼がそう言って、またキスしようとしたところで。 駐車場にマンションの別の住人が現れたので、恥ずかしくなって離れた。 「朝から車の中でなんて、ごめん」  と、謝る史朗さんが少し可愛かった。  今日の予定はと訊かれて、特に何もないと答えたら、それなら出かけようと誘ってくれた。 「せっかく車だし時間もある。少し遠出しようか?」  その素敵なお誘いを断るなんて頭は微塵もなくて、言われるままに動きやすい服装に着替えてまた車に乗り、彼のオフィス兼自宅になっているホテルへ。 同じくラフな服装に着替えた史朗さんと、そのままドライブデートをした。 行き先は、海。 ビーチには降りずに、海風にあたる程度に散歩をして、まだ新しそうなお店で食事をした。 史朗さんは話題が豊富で、仕事のことや北海道のこと、東京での生活についてもたくさん話してくれた。 同じくらい私のことも話したと思う。 訊かれるままに、何でも答えた。  帰りの車の中で。 「俺は今年、47なんだけど」  大丈夫?と問いかけてくれた史朗さん。 もちろん大丈夫だった。 何ならそれくらいかなと予想してた。 「澄香は30だと言ってたね」  私は初めて会った時に、酔っ払って年齢までぶちまけていた。 「そんな年上の男と付き合ったことはある?」 「ないです…」 「…だろうね」 「あのでも私…」 「澄香?」 「は、はい」 「俺はだからといって、君を手放す気はないよ」 「…………」 「そんな気にはならない…」  その、少し意味深な言葉に首を傾げそうになったけど。 「じゃぁ、ずっと一緒にいてくれますか?」  あなたは隣にいるだけで、私を癒してくれる人。  私も、あなたを癒したい。  そう言った私に、彼は。 「……いるよ」  笑いながら、そう答えた。 そして。 「一緒にいよう。……澄香が俺に飽きるまで」  そんな言葉をくれたのだった。 「飽きるまで、って……」  どういうことだろう。  ベッドサイドのミニテーブルで、音をたてずにいるスマホを見つめる。 もう一度メッセージを送ろうかどうしようか、かなり迷って結局やめた。  飽きたら終わりということ? でも、私が、って彼は言った…  自分から離れることなんて、想像できない。 恋愛の始まりはそういうものなのかもしれないけど、間違いなく言えるのはこれまでにしてきたどの恋よりも、今の史朗さんへの想いの方が強いということ。 だから飽きるなんてそんなことは、あり得ない。 100歩譲って、飽きたら終わりなのだとしても。  私が飽きさえしなければ、終わらないということ…?  彼の言い方は、そう取れる。  それならそれでもいい……絶対、飽きないもの。  自分でも不思議だ。 どうしてここまで強くそう思えるのか。 「やっぱり、ひとことだけ送ろうかな…」  どうにも我慢できなくなって、スマホに手を伸ばした。 少し、考えて。 『史朗さん、大好きです』  送信した。
/148ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2530人が本棚に入れています
本棚に追加