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7.
翌日、火曜。
「おはようございます」
「あ……、おはよう」
出勤したら、もう岩崎さんが先に来ていた。
いつもは私より遅いことが多いけど、休んでいた分を取り戻すかのようにデスクで既に仕事中。
あいさつする時にちらっとこっちを見たけど、すぐに背中を向けられてしまった。
なんだろう、話し掛けてほしくなさそう…?
とはいっても、そうもいかない。
「岩崎さん、体調はどう?」
「おかげさまで、今日は大丈夫そうです」
「良かった。もし途中で辛くなったら遠慮せず言ってね」
「はい、ありがとうございます」
もともとはっきり物を言うタイプではある。
でも何故か今日は、拒絶されているような気がしてしまう。
なんでだろうな……
目が合わないからかもしれないけど。
始業前から仕事に集中してるくらいだから、これ以上話し掛けるのはやめようと決めた。
自分のデスクについて、昨日の続きの仕事を再開するため、パソコンの電源を入れた。
お昼になると同時に岩崎さんは立ち上がり、バッグを持って出ていこうとしたところで。
「岩崎!」
青野に捕まった。
昨日の電話の件もある。
午前中の二人の様子を見るともなしに見ていたので、こうなると思ってた。
「一緒にお昼行こう」
「今日はちょっと、食欲がないので…」
「なら俺も食べなくてもいいから。とにかく話させて」
「……わかりました」
週末を含めて数日間、音信不通だったという二人のやり取りを堂々と見ていられるほど神経は太くない。
耳だけはどうしても傾けてしまうけど、二人が出ていくまではパソコンの画面から目を逸らさなかった。
「行きましたよ」
門平くんよ……
でもわかる。
「……気まずいね、こういうの…」
「俺はまだいいっすけどね。有澤さんでしょ」
「なんで?」
「午後、GOの打ち合わせっすよね?営業と一緒に」
「………そうだった…」
今日は鳴海副社長と打ち合わせの予定がある。
先週送った商品一覧のデータを見て、先方がどんな反応なのか確認に行くのだ。
条件に合うものがあればさらに絞り込み、無ければまた別のデータを用意しなければならない。
準備は昨日のうちにしてあるけど、すっかり忘れてた……
緊張を伴うはずの仕事内容で、朝まではしっかり覚えていたはずなのに。
束の間でも頭から消えていたのはやっぱり、あの二人の動向が気になるからだ。
青野、頑張れよ〜…
こんなところから念を送ったって、何にもならないんだけど。
昨夜の力の無い声を思い出すと、つい応援したくなる。
「どうするんすか?」
「どうって、なにが…?」
「振られて婚約解消なんてことになったら、エースはきっと仕事どころじゃないっすよ」
完全に面白がっている部下の言葉に、眉間にシワが寄るのがわかった。
「門平くん、さすがにそれは言い過ぎだよ」
人の不幸を喜ぶなんて、少なくとも人前でするべきじゃない。
「そうですよー」
門平くんの後ろから、奥村さんが加わる。
「え、奥村さんまで?」
「そういう悪事のツケはあとで払うことになるんですからね」
「…やなこと言うなぁ…」
どっちが。
「とにかく、人のことを気にしてても何にもならないですよ。お昼にしましょう」
「あ、そうだね」
奥村さんのこういうところは、いつも頼りになる。
見習ってほしいなぁ、門平くんにも。
…いや、私こそかな。
「今日は私、カフェテリアに行きます。ご一緒しませんか?」
「うん、もちろん。門平くんも行く?」
「あー、たまにはいいっすよ」
偉そうだなぁ……まぁいいけど。
「それじゃ行こう」
「はーい」
「っす」
スマホを持って、エレベーターに向かった。
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