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8.
社内のカフェテリア、今日は無性に揚げ物が食べたくてアジフライ定食にした。
「有澤さんてそういうの食べるんすね」
「うん、食べるよ…?」
向かいに座った門平くんは、この暑いのにカレーうどんを食べている。
冷房が効いているとはいえ、見ているだけで汗をかきそうだった。
「何かこう、もっとオシャレなの食べてそうだから」
「オシャレ?」
お洒落な食べ物とは。
「横文字系のっす」
「…………」
「門平くんてそういうの多いね」
隣に座った奥村さんが、呆れ半分に言う。
「そういうのって?」
「思い込みが強い。しかも偏ってる」
うわぁ、ズバリ…
「つまり偏見てことっすか?」
「そう。有澤さんは優しいから気にしてないけど、相手によっては嫌がると思うよ」
そういうの、と言われた門平くんが口を尖らせる。
「そこまでのこと言ってないっすよ」
「言ってる方はそうでも、言われた方は違うこともあるの。思ったことは何でも口にしていいわけじゃないよ」
「うわ、正論攻め」
「ほら、そういうところだよ」
この二人は仲が良いようなそうでもないような、絶妙なコンビだ。
「二人に話しておくことがあるんだけど」
「え、なんすか」
「異動のことですか?」
さすが奥村さん、察しが良い。
「うん。岩崎さんが休暇の間の人事のこと。第3企画部からひとり入ってもらうことになりそう」
「……へぇ~」
「……ですよね」
うちの企画部は客先によって分かれているのが特徴で、私達の第1はホテル系列、第2は旅館系列、第3は主にレストラン等の飲食店系列、第4はそれ以外の主に個人客を想定した商品展開をしている。
第4は去年できたばかりの新しい部署で、同じ企画とはいえ仕事内容が全く異なる。
向こうはほぼオンラインでの業務なのもあり、第1へ異動しても即戦力になるのは難しいだろうというのが上の決定だった。
「あと、第3の中で異動に意欲的な人がいるらしくて…」
「へぇ〜」
「…………」
パスタランチのサラダにフォークを伸ばしていた奥村さんの眉間に、見たことがないようなシワが出現した。
「奥村さん……どうかした?」
「そいつ、新見准ですよね?」
おっと、そいつ呼ばわり。
それにしても顔が険しいよ、奥村さん…
「いや、名前はまだ聞いてないよ」
「意欲的と言うなら絶対、新見です。…アラミンです」
「アラミン……」
なんか、可愛くなったけど…
「ジュン、てことは?男っすか?」
門平くんはどこまでも能天気だ。
「そう」
「やった、これで男女比率がイーブンっすね」
「いやいや、まだ決定じゃないよ?」
「あ、そっか」
ちぇーと言ってカレーうどんを啜る門平くんと私の間で。
奥村さんはフォークの矛先を変えると、いい勢いでミニコロッケに突き刺した。
穏やかじゃないなぁ…
でも今後の仕事に関係することなので、伝えないわけにもいかない。
「そういうことだから、正式にいつ誰と決まったらまた連絡するね」
「はい…」
「了解っすー」
それぞれの反応を見ながら、やれやれとひと息ついたタイミングで。
「澄香っ」
今度は後ろから呼ばれた。
振り返ると莉奈が小走りに向かってくるのが見える。
「どうしたの?」
「ちょっとこっち来て!」
「え、え〜…」
まだ半分も食べてないのに、莉奈は腕を掴んで立たせようとする。
「いいから、早く!」
「わかったよ。…ごめん、戻らなかったら」
「下げておきますよ」
「ありがとう、奥村さん」
これじゃ午後はお腹が減るな…
そんなことを考えながら、莉奈のあとを歩き出した。
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