5night

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9.  連れて行かれたのは、3階の休憩用スペースだった。 自販機が数台、仕切り付きのリクライニングチェアや、少人数用の談話テーブルセットなどが置かれている。 「奥から2番目」  莉奈に耳打ちされても、何のことなのかわからない。 「何なの?」 「青野と未来の妻だよ」 「!」  ここで話してたのか…  さっき一緒に出ていったのを思い出した。  確かに、お昼休みに賑わうのはカフェテリアの方で、休憩スペースはそうでもない。 ここも広くて席数もあるけど、午後の休憩や眠くなる頃に短時間で利用する人が多い印象だった。  それにしてもどうして莉奈は、二人がここで話しているのを知っているんだろう。 その疑問を察したみたいに。 「澄香を誘いに行こうとしたらすれ違ったから」 「あぁ……」 「普通じゃない様子だったからあとつけた。あれは絶対何かトラブってる」 「…………」  門平くんから聞いた話は、莉奈には話してない。 岩崎さんの個人的な事情が絡んでいるのは間違いないし、実際に見たわけでもないのに吹聴するようなことはできなかった。 だから今莉奈が動いているのは、友情が復活した青野に対しての純粋な心配からだろう。  世話好きだからなぁ… 「澄香、気にならないの?」 「うーん…」  気にはなるけど。 当事者ではない私のポジションは、その結果を青野か岩崎さんから聞くのが本来なのでは?と思ってしまう。 「あとでどっちかから話がくると思うよ」 「のんきだな。心配じゃないの?」 「心配はしてるけど…」  そういうことじゃないと説明しようとしたら。 「どういうことだよ!?」  青野の厳しい声が飛んできた。 「!!」  驚いて固まって、莉奈と顔を見合わせる。 「なんでそんな……っ」  怒ってる、というより動揺している様子だ。 「澄香、こっちっ」 「……っ」  こそこそっと囁かれると同時に腕を引っ張られて、すぐ横にある仕切りの奥へ隠れた。 リクライニングチェアと壁の間の狭いところに、くっつくみたいにしてしゃがむ……というより挟まる。 「莉奈…」 「しょうがないでしょ、修羅場じゃん」  それはそうなんだけど… 隠れて聞いているよりは、聞かなかったことにして戻ったほうがいいような気がした。  私だったらあんなふうに取り乱してるところ、友達とはいえ知られたくない。 「でもさ…」 「しっ!黙って」 「……………」  莉奈は真剣そのもので、聞き耳を立てている。 どうしようもなくて、結局同じようにしてしまう。 「………って……それ………は……」 「………の……ない…」 「でも…………が……」 「…………どうし……な………そ……」  途切れ途切れに聞こえる二人の声。 休憩スペースは無人というわけでもない。 青野もそれを思い出したのか、それとも岩崎さんがストップをかけたのか。 その後は大きな声を出す様子はなかった。 何かを話しているのはわかるけど、はっきりとは聞き取れない状態が5分以上続いて。  あ、脚痛くなってきちゃった…  超真剣な莉奈の顔をちらちら見ながら息を殺していると。 「……ことだから」  何か言いながら岩崎さんが出てくる気配がした。 「待って、まだ話は終わってない」  青野が追ってきたっぽい。 「もうやめてください。今話したとおりなんで」 「俺は納得できない。もっときちんと話したい」 「そんなの意味ないですよ」 「花はそうでも俺はそうじゃない」 「私はもう終わってるんです!」  その、振り切るような強い口調にギクッとする。  岩崎さんは、明らかに青野を拒絶している。 「もう名前で呼ばないで」 「……………」  うわ……きつい………  まるで自分が言われたように、胸が痛んだ。  岩崎さんは絶句したらしい青野を残して、足早に立ち去った。
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