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9.
連れて行かれたのは、3階の休憩用スペースだった。
自販機が数台、仕切り付きのリクライニングチェアや、少人数用の談話テーブルセットなどが置かれている。
「奥から2番目」
莉奈に耳打ちされても、何のことなのかわからない。
「何なの?」
「青野と未来の妻だよ」
「!」
ここで話してたのか…
さっき一緒に出ていったのを思い出した。
確かに、お昼休みに賑わうのはカフェテリアの方で、休憩スペースはそうでもない。
ここも広くて席数もあるけど、午後の休憩や眠くなる頃に短時間で利用する人が多い印象だった。
それにしてもどうして莉奈は、二人がここで話しているのを知っているんだろう。
その疑問を察したみたいに。
「澄香を誘いに行こうとしたらすれ違ったから」
「あぁ……」
「普通じゃない様子だったからあとつけた。あれは絶対何かトラブってる」
「…………」
門平くんから聞いた話は、莉奈には話してない。
岩崎さんの個人的な事情が絡んでいるのは間違いないし、実際に見たわけでもないのに吹聴するようなことはできなかった。
だから今莉奈が動いているのは、友情が復活した青野に対しての純粋な心配からだろう。
世話好きだからなぁ…
「澄香、気にならないの?」
「うーん…」
気にはなるけど。
当事者ではない私のポジションは、その結果を青野か岩崎さんから聞くのが本来なのでは?と思ってしまう。
「あとでどっちかから話がくると思うよ」
「のんきだな。心配じゃないの?」
「心配はしてるけど…」
そういうことじゃないと説明しようとしたら。
「どういうことだよ!?」
青野の厳しい声が飛んできた。
「!!」
驚いて固まって、莉奈と顔を見合わせる。
「なんでそんな……っ」
怒ってる、というより動揺している様子だ。
「澄香、こっちっ」
「……っ」
こそこそっと囁かれると同時に腕を引っ張られて、すぐ横にある仕切りの奥へ隠れた。
リクライニングチェアと壁の間の狭いところに、くっつくみたいにしてしゃがむ……というより挟まる。
「莉奈…」
「しょうがないでしょ、修羅場じゃん」
それはそうなんだけど…
隠れて聞いているよりは、聞かなかったことにして戻ったほうがいいような気がした。
私だったらあんなふうに取り乱してるところ、友達とはいえ知られたくない。
「でもさ…」
「しっ!黙って」
「……………」
莉奈は真剣そのもので、聞き耳を立てている。
どうしようもなくて、結局同じようにしてしまう。
「………って……それ………は……」
「………の……ない…」
「でも…………が……」
「…………どうし……な………そ……」
途切れ途切れに聞こえる二人の声。
休憩スペースは無人というわけでもない。
青野もそれを思い出したのか、それとも岩崎さんがストップをかけたのか。
その後は大きな声を出す様子はなかった。
何かを話しているのはわかるけど、はっきりとは聞き取れない状態が5分以上続いて。
あ、脚痛くなってきちゃった…
超真剣な莉奈の顔をちらちら見ながら息を殺していると。
「……ことだから」
何か言いながら岩崎さんが出てくる気配がした。
「待って、まだ話は終わってない」
青野が追ってきたっぽい。
「もうやめてください。今話したとおりなんで」
「俺は納得できない。もっときちんと話したい」
「そんなの意味ないですよ」
「花はそうでも俺はそうじゃない」
「私はもう終わってるんです!」
その、振り切るような強い口調にギクッとする。
岩崎さんは、明らかに青野を拒絶している。
「もう名前で呼ばないで」
「……………」
うわ……きつい………
まるで自分が言われたように、胸が痛んだ。
岩崎さんは絶句したらしい青野を残して、足早に立ち去った。
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