2511人が本棚に入れています
本棚に追加
10.
「ですので、こちらの商品の方が長く使えるのではないかと…」
「なるほど。確かにこの強度で軽いのは理に適ってる」
「ただ、色味の選択肢が少なくなってしまうのですが」
「あぁ、その点が残念だね。向こうのシェフの意見の中には、豊富なカラーが魅力的だとある」
午後からの打ち合わせは、前回と同じくGOの仮オフィスで始まった。
前回渡したリストの中から、先方からピックアップされたものについて詳しく説明し、さらにこちらからの提案も重ねていく。
詳細まできっちり頭に詰め込んできたので、質問には戸惑うことなく答えられた。
ただ…
「そうなると納期は半年以内では厳しいのかな?」
「……………」
「……青野さん?」
「……………」
青野が全く使い物にならなくなっている…
「青野さん!」
隣で強めに呼ぶと、ハッとしてようやくタブレットから顔を上げた。
「…あ、すみません!」
「いえ、いいんですが……大丈夫ですか?」
体調が悪いのでは?なんて。
副社長に心配される始末だ。
昼休みの出来事をこっそり覗いてしまった私は、どうして青野がこんな状態なのか知っている。
だから気持ちはわかるけど……
今はまずい。
青野本人もそれはよくわかっていて、さっと座り直して姿勢を正した。
「大丈夫です、大変失礼いたしました。それで…?」
視線がこっちに泳いでくるあたり、やっぱり聞いてなかったようで。
「納期についてお尋ねです。このシリーズはどれくらいかかるかと」
「あぁ、それですね。こちらは絵付に時間がかかるので…」
こんな調子で、エンジンがかかればきちんと動き出すのだけど。
「それではコスト面はどうですか?」
「…コストは………あれ?データが…」
飛んでると呟いたのを聞き取ったところで、思い切って自分のタブレットを手に取った。
「鳴海副社長、先にティータイム用の食器の説明をしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、…そうですね。お願いしようかな」
「恐れ入ります。…ではこちらをご覧いただけますか?」
営業がこの体たらくなんてあり得ない。
でも今の青野に普段通りの完璧な仕事は無理だとわかってる。
順番通りにはできなくても滞るよりはましと、必死で場をつないだ。
「自然を連想させる物が良いとのことでしたので、こちらとしましては……」
絵柄よりも色合いにこだわったシリーズの提案をする私の横で、青野も察して飛ばしたデータを探し始めた。
この日の打ち合わせは終始そんな調子で、いつもは隙のない青野の穴だらけの仕事をひたすらフォローする羽目になった。
「ごめん」
車に乗るなり謝られた。
「ほんとに、ごめん……」
「…いいよ。何とかなったし」
私相手に深々と頭を下げた青野のつむじを見る。
「……………」
「……帰ろうよ」
「ん……」
そう言うくせに、起き上がろうともしない。
「有澤……」
「うん…」
「…………」
「…………」
「ごめん…」
「……大丈夫だよ」
ようやく顔を上げた青野は、変な顔をしてた。
泣きそうなのをこらえてるみたいな。
いつもの自信ありげな笑顔はどこにもない。
今日、なんて言われたの……?
って、訊いたほうがいいんだろうか。
誰かに話して、気持ちが楽になることがあるのは知ってる。
でもそれは、話したいときに話すべきだよね…
無理に聞き出すのは違うし、きっと今はまだ青野の頭の中も混乱してるだろうし。
「帰ろう、青野。疲れてるみたいだから、今日は私がフラペチーノ奢ってあげるよ」
「…………」
甘いものが嫌いじゃない青野にそう言ったら、彼も何か言いたそうにした。
でも結局それを飲み込んで。
「…ゴチになります」
そう言って、少しだけ笑った。
最初のコメントを投稿しよう!