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11.
帰宅して、夕ごはん。
今日は何だか疲れが酷くて作る気になれず、帰り道のコンビニでテイクアウトした。
小さめサイズのお弁当と、罪悪感を紛らわすためのサラダ。
「たまにはね〜…」
とか言いながら、最近はお昼のお弁当作りもサボりっぱなしだ。
仕事が充実していて忙しいから…
そんな言い訳が頭を過るけど。
自炊の方が栄養も偏らないし、節約にもなるのはわかってる。
それに一度ついたサボり癖は厄介で、一念発起しないとなかなか抜け出せなかったりするのだ。
早いとこペース戻さないとな…
そんなことを考えながら、お弁当を半分くらい食べた頃。
サラダの容器の横で、スマホが着信を告げた。
「あ……」
彼からだった。
急いで箸を置き、グラスの麦茶を飲み干してから応答する。
「もしもしっ」
勢い込んで言ったら、向こうからはくすくす笑う音がした。
『澄香?』
「はいっ」
『…元気だなぁ』
「あ…、……ハイ」
声が大きすぎたかも…
『急にごめん。食事中だったかな』
「いえ、あ、はい…」
『ん?』
「あの、そうなんです…食べてました…」
『やっぱり。タイミングが悪かったね』
ごめんと繰り返す史朗さんに、慌てて声を掛ける。
「いいんです!こっちの方が大事です」
『……ありがとう』
「どういたしまして……」
え、これ合ってる……?
私は彼が相手となると、いつもこんな調子で何ひとつ上手く話せなくなる。
自分が何を言っているのか、冷静に考えられないというか。
仕事の時は大丈夫だったのに……
「あの、何かご用でした?」
あぁ、この言い方可愛くない気がするー…
ひとり悶えていると。
『うん…』
「……?」
『澄香、今日の夕食はどんな?』
「え?」
まさかの夕ごはんについての質問がきた。
「どんなって……」
『うん。何を食べてるのかと思って』
「…………」
お弁当の蓋をそっとひっくり返すと、パッケージには「ミニ三色丼」の文字。
「ミ……」
『ミ?』
何で今日これ買ったの、私……
「今日はコンビニのお弁当です…」
負けた気分で答えたら。
『あぁ、そうなんだ』
オジサマ史朗さんは笑ったりしなかった。
それどころか。
『俺と同じだね』
少し嬉しそうにそう続けた。
「え、史朗さんもですか…?」
『うん。最近はこればっかりだよ』
「……ほんとうに?」
あんなに素敵で美味しいお店を知ってるのに?
『本当だよ。澄香と行ったようなお店はひとりでは行かないしね』
「そうなんですか…」
『今いるホテルのレストランのメニューも制覇してしまったし、近くの飲食店もけっこう行ったし…』
残るはコンビニ?
「コンビニ、手軽でいいですよね……?」
疑い半分で言ってみたら、史朗さんは「そうだね」と言った。
『迷ったらコンビニに行けば、その時食べたいと思うものが何かしらあるから。便利だよ』
「わかります……」
でも。
「毎日だと栄養が偏りませんか?」
『あぁ、それは気になるところだけど…』
彼は自炊の習慣はないと言っていた。
簡単なものなら作るらしいけど、きっと忙しくて無理なんだろう。
これはもしや、チャンス…?
「あの…もしよかったら、なんですけど」
『うん?』
週末、ご飯を食べに来ませんか?
精一杯、さり気なさを装ったそのお誘いに。
史朗さんは「え、いいの?」と驚いたように返した。
『澄香が手料理をご馳走してくれるということ?』
「う、あの、手料理ではありますが、そんなに上手というわけでもないのですが」
莉奈は褒めてくれるけど、特別美味しいとかではない。
史朗さんの口に合うかどうかも定かではない。
言ってすぐに後悔し始めたところに。
『嬉しいな…誰かの手料理は久しぶりだ』
そんな言葉が返ってきた。
『でも、いいのかな。お邪魔してしまって?』
「あ、私は大丈夫です…」
『……じゃぁお言葉に甘えようかな』
「はい。……お待ちしてます」
先週末、次の約束は特にしていなかったから。
史朗さんとの約束ができたのは嬉しかった。
『澄香』
「はい」
『……その時少し、話したいことがあるんだ』
「………?はい…」
気になる言い方、ではあった。
でもその時の私はもう、史朗さんに振る舞う料理のことで頭が半分以上埋まっていた。
それに。
『あと…昨夜のメッセージ、ありがとう』
嬉しかった、と言われて、大好きですと送ったのを思い出した。
「あ…………、ハイ」
顔が熱くなるのを感じながら、彼の声に耳を澄ませた。
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