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6night
1.
和食か、洋食か。
もしくは別の?
目の前のプレートの画像を見ながら考える。
ていうか、史朗さんは何が好きなの…?
手料理を振る舞うと言ったのに、好き嫌いはもちろん、アレルギーの有無も聞いていない。
メニューより先にそっちを訊くべきじゃない…?
「……さん、…有澤さん?」
「……ん?……あ、ごめん」
気付いたら、奥村さんに呼ばれていた。
「すごい集中力ですね」
「…………うん」
何に集中していたかは、言わないでおく。
「そのプレート、例の新規のホテル用ですか?」
「そう」
「やっぱりめずらしいのを使うんですね…」
それあまり出ませんよね、と言われて確かにと思う。
縁がランダムに波打つプレートは、デザート用にどうかと提案したもの。
色も特徴的で、自然な緑色とベリー色の2色組だ。
手応えはあった。
デザート担当の方は使ってみたいと言ってくれたらしい。
ただし。
「コストなんだよなぁ……」
「あぁー…結局そこですね」
「うーん……」
数がないということは、まとめて仕入れて単価を下げることができないということだ。
どこをラインとするのか、ホテル側と業者との間で折り合いがつくとは限らない。
でも、せっかく気に入ってくれたのなら使ってほしい…
永遠のテーマとも言えるコスト問題は立ちはだかっているものの。
使いたいと言ってもらえたら、何とかして届けたいのがこの仕事だ。
「もう少し調べてみようかな…」
幸い来週の打ち合わせまでまだ期間がある。
類似品を探すか、思い切って単価交渉してみるか。
考える余地はあった。
「…有澤さんのそういうとこ、私すきです」
「え?」
「でも頑張りすぎないでくださいね。これどうぞ」
差し出してくれたのは、小さな包のミントキャンディ。
「ありがとう……」
受け取りながら、つくづく奥村さんは理想の部下だと思った。
今ひとつ頼りない門平くんと、ハキハキして仕事もできるけど、少しトゲが目立つ岩崎さん。
この二人だけが部下で奥村さんがいなかったら、私の仕事のスタンスは違っていたと思う。
いつも穏やかで、周りのこともよく見ててくれるし……
「ところで昨日のお話なんですけど」
「うん?」
「異動のことです」
「あぁ、…アミリン、だっけ?」
「アラミンです」
「そ、そっか…」
……あれ。
いつも穏やかな奥村さんの表情が引き締まって見えるのは気のせい?
「その、アラミンとは知り合いなの?」
「同期です」
「あ、そうなんだ」
なるほど、だからよく知ってるわけ…
「幼馴染で、保育園からずっと一緒なんですけどね」
「…………え!?」
保育園から、就職先までってこと!?
「驚きますよね」
「そうだねー…」
聞いたこともないわ…
「まぁ、腐れ縁というやつです。アラミンはクセはありますけどできる奴なんで、戦力にはなると思いますよ」
「そ、そう…」
まだ決定でもないし、岩崎さんの休暇の間だけの予定だけど。
とりあえず、アラミンが入るとすれば仕事は回りそうだ。
「なら心強いね」
「……どうでしょうね」
「……………」
……なぜ?
私の視線の意味を正しく理解した奥村さんは、ひとつため息を吐いてから話し始めた。
「身内の恥を晒すようで恥ずかしいんですが…」
「うん…」
「アラミンは昔から私へのライバル心が普通じゃなくて。何かと競ったり争ったり…一方的に、ですけど。その延長でここまできてしまってるんです」
「……へぇぇ……」
そんなのあるんだ。
「なので、第1に入っても何かとお騒がせするんじゃないかと思います。私も出来ることはしますが、有澤さんにも迷惑をかけることになると思います」
すみません、と謝られても。
「…奥村さん、それはまだ掛けられてもない迷惑じゃん」
何だか笑ってしまう。
「そんなの謝らなくていいよ。仕事なんだしさ、割り切ろうよ」
「……でも」
「大丈夫だよ。とりあえず仕事はできるんだよね?アルミンは」
「アラミンです」
「あ、ごめん…」
「…………」
「…………」
変な間があいて、結局顔を見合わせたままお互い笑ってしまった。
「まだ決まってもいない先のことで心配しすぎだよー」
「だって、あいつほんとに邪悪なんですから」
「邪悪って!」
「ほんとですってば!」
笑いが止まらないままで話しているところへ。
「戻りました」
岩崎さんが戻ってきた。
総務に諸々手続きに行くと出て行ってから30分くらい経っている。
「あ、おかえりなさい」
「手続きは済んだ?」
「はい。全部終わりました」
「そっか、よかった……」
自分の席について仕事を再開する彼女は、やっぱり私の方を見ようとしなかった。
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