6night

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4.  その日の午後、岩崎さんは体調がすぐれないと言って早退した。 入れ替わりで外回りから戻ってきた青野は、空席を見てなんとも言えない表情を浮かべていた。 「あれ、なんなんすか」 「さぁ…」  門平くんの探りをかわしてトイレに逃げると、トイレの中でも女子社員の噂話に花が咲いていた。  予想通りの展開……  莉奈の言う通り、すでにかなり、噂は広まっている。 「慰めてあげたいなー」 「やだー」  そんな甘い声を聞きながら、ひとり個室の中でため息をついた。  青野はそんなの求めてないよ…  明日から出張なのは酷だと思ったけど、むしろ良かったのかもしれない。 こんな状況の中に置かれるのは気の毒すぎる。  莉奈の言う通り、少し離れて冷静になる方が良さそう…  どっちにしろ、私がヤキモキしていてもどうにもならない。 二人のことは二人で収めてもらうしかないし、私は自分の仕事をきっちりやって、岩崎さんの抜ける穴を埋めなければならない。 来週までの出勤なら、そのあとの予定を立てておかないと。 「…よし」  トイレから出てフロアへもどり、また何か言いたげな門平くんをあしらって奥村さんを呼んだ。 「はい、何ですか?」 「今、手が空く?」 「大丈夫です」 「じゃぁ、門平くんも一緒に。ちょっと休憩がてらミーテイングしよう」 「よっしゃ。お菓子いります?」 「「いる」」 「今すぐ持ってくるっす」  席を立った門平くんを追うように、奥村さんが「コーヒー淹れてきます」と出て行く。 それならと、さっきまでの続きの仕事を片付けるべくパソコンに向かった。  退社後、駅に向かって歩いているとスマホから通知音がした。 足を止めて確認すると、莉奈から金曜の件で青野の了解を得たことと、場所の予約が済んだという連絡だった。 「早い…」  莉奈はいつも行動が早い。 それに比べて、なかなか動き出せないタイプの自分をもどかしく思うことも多い。  もっと頑張らないとなぁ……  仕事もプライベートも、年齢を重ねて出来ることは増えていくけれど。 年を取れば、出来ないことも増えていくわけで。  無理はしたくないけど、もう少し積極的になってみてもいいのかも。  そんなふうに思った。 「……あ、そうだ」  週末の史朗さんとの予定のために、何か新しいメニューを取り入れようかと考えていた。 「本屋さんに寄っていこうかな…」  ネットでいくらでも検索できるけど、レシピブックを見るのが昔から好きなのだ。  好き嫌いも、訊いておきたいし…  バッグにしまいかけていたスマホをもう一度取り出す。 歩道の端に寄って、少し考えて。 『土曜日はどんなメニューが食べたいですか?ご希望や、好き嫌いを教えてください』 「送信……」  ポチ、とタップしたら。 ほとんど同時に既読がついた。 「え……」  ちょうど見てた、とか?  ドキッとした瞬間、今度は新しいメッセージの通知音。 「!」  画面に目を戻すと。 『何でも食べられるよ。好き嫌いはないから』 「えー……そうなんだ」  そんなことすら素敵に思えるって、わたしはどれだけこの人が好きなんだろう…… 『メニューはリクエスト可なの?』  続いて送られてきたメッセージに、急いで返事をする。 『はい、大丈夫です』  と送ってから、あまり難しいのは無理だったと焦り付け加える。 『そんなに難しくなければ、です』 『わかった。少し考えてもいい?』  わざわざ考えてくれるんだ……  さっきから胸キュンが止まらなくて、顔が熱い。 『もちろんです』 『じゃぁ明日までに考えるよ』 『わかりました』  あぁもう、楽しみでしかない…っ  ひとりニヤニヤしながら、再び駅へ向かって歩き始める。 バッグにしまったスマホがまた通知を知らせてきた。 今度は着信だ。  史朗さん…?   声が聴けるかもと、再び高鳴る心臓。 でも急いで引っ張り出したスマホの液晶には、お母さんの文字が浮かんでいた。
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