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5.
『最近どうなの?元気?』
「どうもしないよ、元気」
『仕事は順調?』
「順調だよ」
さぁくるぞ、と気を引き締めると。
『それで?いい人はできた?』
何かを期待するような、でも半分以上諦めているような、そんな訊き方をされた。
ふぅ、と小さく息を吐く。
そして。
「うん、できた」
精いっぱい、さりげなく言った。
『えっ!出来たの!?』
……失礼じゃない?
「できたよ」
『どこどこどんな人っ!』
「年上」
『ちょっと!』
やったじゃない、ってもう大興奮の母親。
年甲斐もなく、きゃぁきゃぁうるさい。
「お母さんも元気そうで良かった。そんなわけだからもう切るね」
『あら、一緒にいるの!?』
「いないよ。もう電車乗るところだから」
『ねぇ連れてきなさいよー』
「そのうちね。じゃぁ」
まだ何か言ってるっぽいけど、かまわず切った。
「はぁ……」
うちの母親は、自分の結婚が早かったからなのか、30まで独身の私を非常に心配している。
非常に、というより異常、かもしれない。
いき遅れるとか、貰い手がなくなるとか。
とにかく古くて硬い頭の持ち主なので、25を過ぎたあたりからしつこくお見合いを勧めてきていた。
今どきそんなのお嬢様でもないのにと笑っている私と弟妹を無視して、無理矢理話をつけようとしたこともある。
「女は愛されて守られるのが一番幸せなの」という持論を力いっぱい振りかざす人だ。
同意できる部分もあるけどねー……
愛されたい欲は、ある。
でもそれが一番かと言われたら疑問を感じてしまう。守られるという言い方も、時代にそぐわないと思う。
足早に駅構内に入って、ビル内の本屋さんを目指した。
レシピブックのコーナーで目についたのは、旬の野菜を使った料理特集という見出しの雑誌。
10分ほどかけてその雑誌ともう一冊、好きな料理家さんの新刊を買った。
レシピブック、久しぶりに買ったなぁ…
小さくてもいいから、何か新しいことをやってみたい。
そんな気分だった。
帰宅して部屋着に着替えてから、作り置きで簡単夕ごはん。
レシピブックのページをめくっているうちに、なんとなく作りたいものが決まってくる。
普段自炊しない男性なら、野菜がたくさん食べられる方がいいかな…とか。
暑い時期だからご飯とおかずよりも、さっぱり食べられる麺類の方がいいかも…とか。
「…………」
ここで史朗さんと一緒に食べるんだよね…?
テーブルの向かいを見つめて、そこに座る彼を想像する。
や、やばい。
ドキドキしてきた……
外食とは、違う。
私の部屋で彼と食事するなんて、まるで同棲してるか……
「結…………いやいやいや」
母親からの電話の影響で、そっち方面になびいてる自分が恥ずかしかった。
でも……
このままずっと付き合っていったら、その先にあるんだろうか。
「…………結婚、…か…」
その日の夜、夢を見た。
史朗さんと私が、この部屋で一緒に暮らしていて。
一緒に夕ごはんを食べて。
交代でお風呂に入って。
一緒に寝よう、と彼が言う。
手をつないで、ベッドへ向かったら。
優しく抱きしめてくれる。
広い胸に抱かれるようにして目を閉じたら。
彼の両手がパジャマのボタンを外しはじめる。
中途半端に脱がされながら、あちこちを撫でられて。
身体は、熱く高ぶっていく。
気付いたら組み敷かれてた。
上から見下ろす彼の目が、優しいのに力強い。
もう逃さない、と言ってるようで。
どうにかなってしまいそうなのが、少しだけ怖かった。
でも無防備にさらけ出した肌を、焼き尽くすみたいに見つめるから。
ぞくぞくして。
どんどん、溢れてしまう。
彼の名前を呼んで、私も呼ばれる。
苦しいほどのキスをして、そのまま重なる。
史朗さんの熱に狂わされる。
あられもない声を上げて、幾度となく震えて。
お互いを貪るように、からみあった。
翌朝、目が覚めたとき。
鏡を見るまでもなく、涙の跡があるとわかった。
それはもう、カラカラに乾いていたけど。
間違いなく。
幸せ過ぎて泣いた跡、だった。
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