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8.
「どうぞ。アイスティーなんですけど」
「ありがとう、いただきます」
今日も暑くなると天気予報で言っていたから、史朗さんが来たら最初にこれを出そうと決めてた。
希釈するタイプのアイスティーは、最近見つけたお気に入り。
「美味しい」
「……良かった。今日も暑いですもんね」
「甘すぎなくて丁度いいね」
「そうなんです。これ美味しくてストック買いしちゃって」
「ストック買い?」
「あ、はい…」
「そういうの、するんだね」
「…はい」
当たりの商品を見つけたら、次にお店に行った時にもう一度購入しておく。
飽きてしまうほどはいらないけど、多めに買っておいても莉奈や他の友人にお裾分けもできる。
「澄香はやっぱり家庭的だな……」
「……そうですか?」
「うん」
そう言って、微笑む史朗さんはどことなく淋しそうに見えた。
さっきと同じ笑顔なのに、どうしてだろう…
「私、家事は嫌いじゃないです。お料理も割とする方だと思います…」
こういうの、あまり言ったら結婚を迫ってるみたいかなと思いつつ。
家庭的という言葉を、彼がどういうつもりで口にしたのか知りたくて話に乗ってみた。
「史朗さんは、あまりお料理しないんでしたよね?」
「うん。最低限だね」
「あの、今日はカレーですけど、他にも食べたいのがあったら教えてくださいね」
次の約束がほしいのもあって、そんな言い方をした。
あわよくば、毎週末手料理を食べてもらうという名目で彼に会いたかった。
「作れるものだったら、作ります…」
「……うん」
「……………」
「………ありがとう」
その少しだけ悲しそうな笑い方は、どうして?
もしかして私、重い………?
話って、何ですか……?
喉元からせり上がってくる質問は全部、閉じた唇にシャットアウトされる。
言いたい。
でも、言えない。
終わりにしたくない……
彼と私の間に流れる、この不可解な空気は何なのか。
話とやらが始まるまで、この緊張にただ耐えるのは辛い。
いっそ先に訊いてしまおうか……
「史朗さん、あの……」
「澄香…」
思い切って口火を切った途端。
ピーーー。
炊飯器が炊き上がりを知らせてきた。
「……あ、ご飯が炊けました」
「あ、そうか……」
真剣な顔で見つめ合っていたのに、機械音のせいで空気が緩んで気が抜けた。
「カレー、食べますか……?」
「あ、うん……いただこうかな」
「…お腹空いてるんですもんね?」
「うん…」
「じゃぁ持ってきます」
「俺も手伝うよ」
一緒に立ち上がった史朗さんは、キッチンまでついてきた。
用意しておいたお皿を手に取って、炊飯器を開ける。
「うわ、美味しそうだなぁ…」
「え、お米がですか?」
「うん。俺、どちらかというと米派なんだ」
「あぁ、そうなんですね…」
コンロの前でお鍋の蓋を開けながら、これは脳内メモだと意気込む。
彼の好きなものは家のカレーで、主食はご飯派。
「好きなだけ盛ってください」
「いいの?けっこう食べられそうなんだけど」
「たくさん炊いたので、いくらでも食べてください」
「それじゃ遠慮なく……え、カレーも好きなだけいいの?」
「もちろん、どうぞ」
冷凍まで見越して5人分は作ったので、史朗さんがたくさん食べても大丈夫。
「あ、こっちも美味しそうだ」
お鍋を覗いて嬉しそうな横顔を見たら、自分も笑ってしまった。
「食べてみないとわからないですよ」
「いや、絶対美味しいよ」
俺にはわかる、と言って意味深な目線を送ってくる。
「何ならもう美味しい」
「えー、まだ食べてないじゃないですか」
「匂いだけで美味しいんだよ」
「うそだー」
ちょっと前の硬い空気はほどけて。
お互い自分の分のカレーを盛り付けて、冷蔵庫からサラダも出した。
アイスティー注ぎ足して、準備完了。
「いただきます」
「いただきまーす……」
嬉しそうにスプーンを口に運ぶ彼を、ドキドキしながら見つめる。
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