6night

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9.  ぱくっと食べてもぐもぐした史朗さんが、こっちを見た。 目を見開いてる。 「…どうですか?」  我慢できずに訊いてしまった私に、ちょっと待ってというように片手を上げて。 やがてごくんと飲み込んだ。 そして。 「……美味しい!」  と言った。 「………ほんとに?」 「本当だよ。久しぶりに食べたのもあるけど、すごく美味しくてびっくりした」 「じゃぁ……たくさん食べられそうですか?」 「もちろん」  好きなだけ食べていいんだよね?と確認して、私がうなづくと。 嬉しそうに「三杯はいける」と言う彼。 「えっ、そんなに食べられるんですか?」 「食べられるよ?」 「…史朗さん、細いのに…」  細いというか、引き締まっているというか。 今まで一緒に食事をした時も、それほどの量は食べていなかったと思う。 「はは。痩せの大食いって言われたこともあるよ」 「えー……意外です」    そんなふうには見えない。 けれど、彼は本当にたくさん食べた。 二回おかわりをして、カレーを三杯。 サラダも完食。 でも、デザートのフルーツゼリーを出す頃にはさすがに苦しくなったと言って、自分の分も私に食べるよう勧めた。 そうはいっても、五種類もあるゼリーはひとつひとつが大きくて豪華で、一度にひとつが精一杯。 迷いに迷って、二色のグレープフルーツを贅沢に使ったものを選んだ。 「美味しそう……」  クラッシュゼリーがたくさんのってまるで宝石のように美しく、透明なプラスチック容器に入っているから涼しげ。 見た目も楽しめる仕様になっている。  どこのお店のだろう……  じっと見つめていると、そんな私を見ている史朗さんの視線に気付いた。 はっとして、急いでスプーンを手に取る。 「いただきます…」 「うん、食べてみて」  一口すくって、食べたら。   「…………」  柔らかいゼリーの中のつぶつぶの果肉、甘酸っぱくて少し苦いグレープフルーツの香り。 甘みはぐっと抑えて、大人の味仕上げ。 「美味しいです!」  思わず満面の笑みで言ってしまった。 「よかった」  史朗さんも、ほっとしたように微笑んでくれる。 「どこのお店のですか?」 「あ、これは……今いるホテルのすぐ隣の店のなんだ」 「そうなんですか……」  記憶を辿って思い出そうとするけど、仕事で出向いたきりだからかはっきり覚えていない。  今度行った時によく見て来よう…  そんなことを考えながら、ゼリーを綺麗に食べきった。    片付けも手伝うと言ってくれた史朗さんと、並んでキッチンに立つ。 座っていてと言っても、彼はご馳走になったからと言ってついてきてしまった。 「じゃぁ、洗うので…」 「うん。拭くのはこれでいい?」 「はい」  お客様に片付けをさせるのは抵抗があるけど、史朗さんは慣れた様子でクロスを手に取った。 洗ったグラスをパスすると、さっと拭き上げて置いてくれる。  あまりお料理はしないと言っていたけど…  その動作は自然で、危なげもなく手慣れていた。 「澄香…?」 「あ、はい」 「…もしかして」 「…………」 「俺がこういうの慣れてるって、今思ってる?」  シンクに残ったお皿に手を伸ばしかけて、止まる。 「…………はい」  考えたら間が空いて、誤魔化しようもなくて。 うなづいた。 史朗さんが、ふっと笑う。 「料理はしないんだから、洗い物だけ慣れているのは変だろうな…」 「……………」  水の流れる音を聞きながら、ゆっくり彼の方を向く。 目が合う。 カレーを食べる前の、淋しそうな目。 「……習慣だったんだ。結婚していた頃の」 「………結婚…」  してた、んだ……  やっぱり、という思い。  その後に、してるんだ、じゃなくて良かったという安堵。  身体が熱い…… 「あの……」 「うん……」 「話、って…それですか?」 「………そう」 「…………」  どくどくいってる心臓をなだめようと、再び手を動かす。 最後のお皿が綺麗になると、史朗さんは「もう少し話せる?」と言った。 もちろんと応じてコーヒーを淹れると言うと、彼はまた椅子に座った。
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