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9.
ぱくっと食べてもぐもぐした史朗さんが、こっちを見た。
目を見開いてる。
「…どうですか?」
我慢できずに訊いてしまった私に、ちょっと待ってというように片手を上げて。
やがてごくんと飲み込んだ。
そして。
「……美味しい!」
と言った。
「………ほんとに?」
「本当だよ。久しぶりに食べたのもあるけど、すごく美味しくてびっくりした」
「じゃぁ……たくさん食べられそうですか?」
「もちろん」
好きなだけ食べていいんだよね?と確認して、私がうなづくと。
嬉しそうに「三杯はいける」と言う彼。
「えっ、そんなに食べられるんですか?」
「食べられるよ?」
「…史朗さん、細いのに…」
細いというか、引き締まっているというか。
今まで一緒に食事をした時も、それほどの量は食べていなかったと思う。
「はは。痩せの大食いって言われたこともあるよ」
「えー……意外です」
そんなふうには見えない。
けれど、彼は本当にたくさん食べた。
二回おかわりをして、カレーを三杯。
サラダも完食。
でも、デザートのフルーツゼリーを出す頃にはさすがに苦しくなったと言って、自分の分も私に食べるよう勧めた。
そうはいっても、五種類もあるゼリーはひとつひとつが大きくて豪華で、一度にひとつが精一杯。
迷いに迷って、二色のグレープフルーツを贅沢に使ったものを選んだ。
「美味しそう……」
クラッシュゼリーがたくさんのってまるで宝石のように美しく、透明なプラスチック容器に入っているから涼しげ。
見た目も楽しめる仕様になっている。
どこのお店のだろう……
じっと見つめていると、そんな私を見ている史朗さんの視線に気付いた。
はっとして、急いでスプーンを手に取る。
「いただきます…」
「うん、食べてみて」
一口すくって、食べたら。
「…………」
柔らかいゼリーの中のつぶつぶの果肉、甘酸っぱくて少し苦いグレープフルーツの香り。
甘みはぐっと抑えて、大人の味仕上げ。
「美味しいです!」
思わず満面の笑みで言ってしまった。
「よかった」
史朗さんも、ほっとしたように微笑んでくれる。
「どこのお店のですか?」
「あ、これは……今いるホテルのすぐ隣の店のなんだ」
「そうなんですか……」
記憶を辿って思い出そうとするけど、仕事で出向いたきりだからかはっきり覚えていない。
今度行った時によく見て来よう…
そんなことを考えながら、ゼリーを綺麗に食べきった。
片付けも手伝うと言ってくれた史朗さんと、並んでキッチンに立つ。
座っていてと言っても、彼はご馳走になったからと言ってついてきてしまった。
「じゃぁ、洗うので…」
「うん。拭くのはこれでいい?」
「はい」
お客様に片付けをさせるのは抵抗があるけど、史朗さんは慣れた様子でクロスを手に取った。
洗ったグラスをパスすると、さっと拭き上げて置いてくれる。
あまりお料理はしないと言っていたけど…
その動作は自然で、危なげもなく手慣れていた。
「澄香…?」
「あ、はい」
「…もしかして」
「…………」
「俺がこういうの慣れてるって、今思ってる?」
シンクに残ったお皿に手を伸ばしかけて、止まる。
「…………はい」
考えたら間が空いて、誤魔化しようもなくて。
うなづいた。
史朗さんが、ふっと笑う。
「料理はしないんだから、洗い物だけ慣れているのは変だろうな…」
「……………」
水の流れる音を聞きながら、ゆっくり彼の方を向く。
目が合う。
カレーを食べる前の、淋しそうな目。
「……習慣だったんだ。結婚していた頃の」
「………結婚…」
してた、んだ……
やっぱり、という思い。
その後に、してるんだ、じゃなくて良かったという安堵。
身体が熱い……
「あの……」
「うん……」
「話、って…それですか?」
「………そう」
「…………」
どくどくいってる心臓をなだめようと、再び手を動かす。
最後のお皿が綺麗になると、史朗さんは「もう少し話せる?」と言った。
もちろんと応じてコーヒーを淹れると言うと、彼はまた椅子に座った。
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