6night

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10.  コーヒーカップから立ち上る湯気の向こう。 うつむき気味の史朗さんは、言おうか言うまいか迷っていたと言った。 「離婚歴があると最初から言うのもおかしいような気もして……でも、言わずにいるのはずるいとも思った」 「………そうだったんですね」 「ごめん…隠すつもりじゃなかった」 「…………」  それは本当だと思う。 一緒にいる時の彼は、とても誠実だから。 「澄香」 「…はい」 「こんな話を聞かされて、どう思っているのかわからないけど。俺は、結婚という形にこだわるつもりはないんだ。一度失敗しているわけだし、それに…」 「…それに?」 「いや…でも君はまだ若い。結婚して家庭を作ることに憧れる気持ちはあるだろうから…」  それは理解できる、と言う。 「初めて会った時にも、話してくれたしね」 「あ……」  酔っ払っていた時に、周りや親からのプレッシャーで結婚を焦っていると言った。  結婚したい気持ちがないわけじゃないとか、相手がいないだけとか、口走ったような…… 「あれは…」 「いいんだ。それは当然だと思う」 「史朗さん……」 「ただ……」  続けようとした史朗さんの口調が重い。 表情も暗くなるばかりだから、胸の中の不安は膨れ上がる。  つまり、私と結婚する気はないってこと……?  苦しくなってきて、下を向くけど。 「澄香…」  同じく苦しそうな彼の声で、呼び戻される。 「もうひとつ、話しておくことがある……」 「え……」  ……何を?  こうなるともう、聞く前から泣きたくなってくる。 この空気、いい話だとは思えない。 「そんな顔をさせて、本当にごめん」 「い、いえ…」  そんなことを言わせる自分の顔がどんななのか、想像したら申し訳なくなった。 にじんだ涙を誤魔化そうとして瞬きをすると、彼は痛みを堪えるように笑う。 そして。 「先に言ったらずるいのかな…」  そう、つぶやいた。 「何でもいいです……言って下さい」  何を言われても、受け止めたいと思った。 彼が好きだから。 彼のくれる言葉なら、どんなものでも。  ほしい……  私の言葉に後押しされるように、史朗さんが口を開く。 「澄香……俺は今、君に夢中なんだ…」 「………え」 「君に恋をしている、と思う……」 「…………」  想像とは違う言葉だった。 思っていたのとは、真逆だ。 「初めて会った時から、惹かれていて…。今一緒にいられることも、とても幸せだよ」  それは私も同じだった。  史朗さんといることが、この上なく幸せで。 ずっと、永遠に、囚われていたい。 「私も、です…」 「…………うん」 「私も、史朗さんが好きです。一緒にいたいです…」 「…………」  私に恋をしているという彼。  彼のことが好きでたまらない、私。  私達は、お互いを必要としているよね……?  なのにどうして。  そんなに悲しそうなの……  結婚していたということが、そこまで負い目になるものなのだろうか。 そう考えた瞬間、気付いた。 「……史朗さん」 「うん…」 「何度か、自分のことを悪い男だって言いましたよね……」 「…………言ったね」 「それってどういう意味ですか……?」 「……………」  もしかして。 「子供がいるんですか……?」  確証はない。 でも、他に思いつかない。  前の奥さんとの間に子供がいて、例えばその人の歳が私とあまり変わらない、とか。  逆にまだ幼い子供さんがいるのに、一回り以上年下の私と付き合うなんて、とか?  でもそれだって、悪いことじゃない……  それは結果論であって、恋に落ちるタイミングを操るなんてできっこないのだ。  違う、これじゃない……  頭の中がぐるぐるしだした私の前で、史朗さんは静かな笑みを浮かべた。 悲しそうというよりも、何かを諦めたような表情で。 そして。 「子供はいないよ」  穏やかに。  つぶやくように。 「子供は、できないんだ」  そう言った。
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