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11.
気付いたら喉がからからになっていた。
でもコーヒーに手を出す気にはなれない。
史朗さんも同じようで、二人分のコーヒーは冷めていく。
「離婚の理由はそれだから」
「それ……って」
「身体に欠陥があって、俺は子供を作ることができないんだ」
「………………」
ずん、と重いものを頭に乗せられたような感覚で。
閉じた唇は動かない。
史朗さんはそんな私を気の毒そうな目で見ている。
「離婚のこともそうだけど、これを言わずにいるのは良くないと思った…。このまま付き合っていけば、君は当然結婚して家庭を持つことを希望するだろう……それでいいんだ、それが普通で当然だから。でも、俺は……」
与えられない、と言う彼。
「結婚はできる。生涯君だけを……と誓うこともできるよ。実行する心づもりもある。……もちろん君がそれを望んでくれるのなら、だけど」
「…………っ」
史朗さん………
「澄香、俺は君が思っているよりずっと君が好きだ。溺れていると言ってもいいくらい…本当だよ」
信じてほしい、という言葉。
それを嘘だなんて、思ってない。
彼の言葉は熱っぽく、言葉の奥に潜む感情を確かに伝えてくれている。
史朗さんに想われてる……
何の疑いもなくそう思う。
「年の差なんて忘れるくらいだった。会うたびに自分が夢中になっていると思い知らされる、君はそういう存在だ。仕事中でもプライベートでも、ずっと君を想ってる……。どうしてなのかな……こんなふうになったことがないから、わからないけど」
わからないことが彼を苛立たせるようで、軽く頭を振る仕草をする史朗さん。
もちろん、そんな姿は初めて見る。
「離婚して二年経つ……誰かと添い遂げようなんて、二度と考えることはないと思っていたのに、俺は一体何をしているのか……自分で自分がわからなくなるよ」
こんなに早口で喋る彼を見るのも初めてだった。
いつの間にか、その視線にも熱がこもって。
「……君を離したくない。捕まえて、逃げられないように縛り付けたい。そういう欲望が膨らむばかりだよ。実際そんなことを口にして、君を困らせた……いや、そうしてほしいと言わせて、俺はあの時震えるほど喜んでいたんだ。こんなのもう、狂っているんじゃないかと思うよ…」
それでも、夜ひとりになると思い出す。
「でも…、俺は君が望むであろうものを与えられない。温かくて明るい家庭、親子で過ごす時間………。子供だけは…、どうしても無理なんだ」
「………………」
自分のことを悪い男だと言っていた。
その理由は、これだった。
与えられないとわかっているのに、そこへ向かっていく。
その罪を知っているのに、引き寄せる。
でも、それは。
それは、悪いことですか……?
うつむいて小さく呼吸する姿が、愛おしい。
好きな人と一緒にいたいと思うだけでは、だめですか……?
いつの間にか目尻から落ちていく涙は熱かった。
「史朗さん……」
「澄香…」
取り乱してごめん、と謝られた。
「もっと落ち着いて話せると思っていたのに」
「いいえ、大丈夫です…」
「…優しいな、君は」
「…………」
「本当に…」
「史朗さん……」
何か言いたい。
でも整理できないまま口にする言葉は軽くて。
届かない気がした。
瞬きをして、髪を直すふりをしながら涙の跡を素早く拭う。
「………すっきりしたよ」
「…え?」
「言おうかどうか迷ったと言ったけど、こうなってみると言いたかったんだってわかる」
「……………」
「言えてよかった……聞いてくれてありがとう」
「はい……」
誠実な人……
やっぱり、そう思う。
「澄香?」
「…はい」
「今話したことは、全部本当だよ」
「……はい」
「俺の気持ちも、身体のことも、…離婚のことも、全部」
本当だから、と繰り返す。
「だから、もうやめようと言うべきなんだろうけど……」
「え、史朗さん待って下さい…っ」
「…………」
「私、私は……」
あなたが好きで、一緒にいたいんです。
それは紛れもない事実だ。
でも。
「私、史朗さんのこと…」
「………うん」
好きです、と言っても。
「…………」
それで解決にはならないんだと気付く。
彼はすでに、その状態だと知ってる。
私達はお互いのことが好きだけれど、でもその先の未来に問題があると思っている。
子供はいらないと言えばいいの……?
でもよく考えもせずに、それは言えない……
そんなのは、彼も望んでいない。
「私……考えます、から」
「………うん」
「待っててもらえませんか……?」
「…………」
図々しいとわかってる。
大体、考えたところで答えが出るかも定かじゃない。
彼が欲しい答えを出すとも限らない。
なのに待ってほしい、なんて。
「だめですか……?」
自分でいいだしたくせに、怖くて。
彼の顔が見られない。
うつむいて、全身全霊で彼の気配を感じ取ろうとするしかない。
「……澄香」
呼ばれただけで、心臓が跳ね上がった。
「…はい」
「いいよ」
「………え」
いいの?
顔を上げて、彼を見れば。
優しい笑顔でこっちを見てた。
「待ってる……いつまででも、待つよ」
「…………」
「ゆっくりでいい。俺は……別に急ぐ理由もないしね」
くす、と笑って。
「でも気を付けて」
口の端を上げてそう言った。
「あまり待たせると……」
「…な、何ですか…?」
「悪いおじさんが捕まえに来るよ?」
「…………」
捕まえて、縛り付けて。
いっそ、そうしてほしい……
そう思ってしまう自分がいる。
でも、完全に冗談めかしている彼の笑顔が嬉しくて。
「その顔も、格好いいです…」
「……澄香、それはずるいよ…」
テーブルを挟んで、一緒に笑った。
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