1night

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6. 「……どうして?」 「…………」  …一番欲しかったものをもらった気分、だから。  抱きしめてほしかった。 その欲は今、完全に満たされている。 「話してみない?って、言ったのに。こんなことをしてしまって…なのにお礼を言うの?」  史朗さんは、おかしくない?って言うけど。 「おかしくない、です…」  シーツで胸から下を隠したまま。 こんなの、話しても…って思いながら。 話した。  今30歳で恋人はいない、結婚の予定もない。 久しぶりに恋愛に発展するかもと思った同僚は、自分の部下と授かり婚を決めた。 同僚も含め周りは次々に結婚していくし、親からも事ある毎につつかれていて居心地が悪い。 これまでの事も、これからの事も、何もかもがうまくいかないように思えて、やけになって… 「あぁ、それでお酒を?」 「…………はい」  言っておいてなんだけど、かなり恥ずかしい行動をしたものだと思う。 「歩道を歩いてる時は、だいぶご機嫌だったよね」 「…は、はい」  居たたまれなくて、下を向いたら。 彼が近づいてきた。 大きな手が視界に入って、そのまま左の頰に… 「危なっかしいな、って思ったんだ」 「……ですよね」  すごく酔ってた。 たぶん、ふらふらだった。 「…うん。でも、何だか楽しそうだし、…可愛くて」  気づいたら声を掛けてた、って。 「あのさ……、普段からあんなふうじゃないんだよ。信じてもらえるかどうか、わからないけど…」 「あんなふう…?」 「あ……だから、酔ってる女性に声を掛けて、こういう場所に連れ込む…とか」  いつもしてるわけじゃないよ、って。 言う史朗さんは、真面目な顔をしてる。 「私も初めてです…。いつもこういうことしてるわけじゃ…」 「うん、それは見てたらわかるよ」  くす、と笑って。 優しい目でこっちを見てる。  うぅ、格好いい…  今更だけど、やっぱりこのシチュエーションが信じられなかった。 「あ、の…」 「うん」 「シャワー、してきます…」  さっぱりして、ついでにのぼせてる頭も冷やした方が良さそうだ。  ベッドから降りようとして、まだ裸なのに気付く。どうしようか迷っていたら、史朗さんは自然な動作で背中を向けてくれた。 「ゆっくりしてきて」 「……はい」  こういうのって、どうなんだろう。  いわゆる、ワンナイト、だよねぇ…  薄々気付いていたけど、お高いホテルのお高い部屋では、バスルームもすごく良いのだった。  広々したバスタブで、両脚を伸ばしてお湯に浸かっている。 何の入浴剤なのかわからないけど、すごくいい匂いがする。 さっき、彼から香ったのはこの匂いだった。  久しぶりにしたなぁ…  最後にセックスしたのがいつだったのか、思い出そうとしてもすぐには思い出せない。    年単位、だもんね…  記憶を辿るとそれはたぶん三年前で、その時付き合っていた相手とだったはずだ。 その恋人とは、友人の紹介で出会った。 付き合い始めたものの、お互いのことをそれほど知らないうちに別れた。 相手の転勤が決まり、お互いに対して遠恋するほどの気持ちがなかったのが理由だった。  あの人、すごく淡白だったんだよなぁ…  数回しただけのセックスは、最初から最後までどこか違和感が拭えないような、気持ちの伴わない行為だったと思う。 そのせいなのか、あまり気持ちいいとも思わなかった気がする。  でも、今日は…  思い出したら身体が熱くなるほど。  気持ちよかった…  あんなふうに、乱れたことはない。 声が抑えられない、なんて。そんな経験もなかった。 間違いなく、人生で一番気持ちの良いセックスだった。 「………あ~…」  それを、よりによってワンナイトで経験してしまうなんて。  何で…  どうせなら、もっとちゃんと付き合えそうな人としたかった。 望みのありそうな相手となら、こんな気分にはならなかったのかも。  あの人は、無理だよねぇ…  どう考えても、生きる世界が違う感じ。 そして自分は、身の丈に合わない恋愛はしない主義だ。  これはもう最高のワンナイトだって、割り切るしかないな…ていうか、お風呂でたらもう居なかったりして?  支払済みだから朝までゆっくりして、ってメモが置いてあるとか。  ……あり得る。  
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