1night

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7.  バスルームを出たら、彼はまだいた。 もういないんじゃないかっていう予想は、とりあえず外れた。 「温まった?」 「はい…」  ソファセットのテーブルに置かれたノートパソコン。  …仕事? 「ごめんね、こんなところでまで」  視線に気付いて、苦笑いする彼。 「いえ…、お忙しいんですね」 「はは…」  曖昧に笑う。 その横顔がまた、格好いい。 …って、見惚れてる場合じゃない。 「このあと、どうされますか…?」  訊いていいのか悪いのか、わからないけど訊いてしまった。 「ん?」 「え、と……帰りますか?」 「あぁ…」  パタ、と閉じたパソコンをビジネスバッグの中に仕舞う。 その動きを何となく目で追っていたら、彼はこっちに近付いてきた。 「君は?」  帰る?って、訊きながら。 左手で腰に、右手で頬に触れる。 「どうする…?」 「…………」 「…帰りたい?」  …ずるい、この人。 たったこれだけの会話の間に、がらっと雰囲気を変えてしまう。 「あっ…」  指がたどる首すじが、ぞわぞわする。 「そういう顔すると…」 「……かお?」 「うん…」  たまらない、とつぶやいて。 首筋にキスを落とした。 「…………っ」  ぶるっ、と震えた肩に。鎖骨に。 舌を這わせるようなキスをして。 「………帰る?」 「………ぁ、……」  どうしよう…  帰りたいような気もした。 このまま進んだら、戻れないような気がして。 上質なワンナイト、では終われない。 そんな予感がした。  ていうかこの人、どこを取っても慣れてるとしか思えないんだけど……  さっき、こんなのは初めてだって言っていた、けど。  言葉、仕草、表情、…全部。  すごく、踊らされてる気が… 「澄香」 「……!」  名前を呼ばれたら、肌が粟立った。 と、同時に… 「……あ」  じゅわ、っと濡れた感覚がして。 そんな自分に驚いて、慌てて下を見たら。  …た、垂れ、てる… 「…………すごいね」 「…………えっ…」  史朗さんも同じものを見てたと気付いた途端に、顔が爆発的に熱くなった。 「ちが、違います…これはっ…」  違わないけど、否定するしかない。  何でよ、こんなのなったことないのに…! 「澄香?」  うぅ……… 「名前を呼ばれるの、…好きかな?」 「い、いえ…」  別に好きじゃない。 誰かに呼ばれて、こんな…、それだけで濡れたことなんかなかった。  ほんとに、何で……? 「こっちを向いて」 「………」  彼の声に逆らえないのは、どうしてなのか。 恥ずかしいのに。 軽く誘導されただけで、そっちを向いてしまう。 「キスしてもいい?」 「………」  黙ってたって、きっとわかってしまう。 キスしたいのは、絶対バレてる。 「…………ん」  降りてきた優しい唇は、すぐに離れてしまった。 追いかけたくなるけど、何故か必死で動かずにいる私。 そんな私に、甘くささやく、彼。 「……澄香」  史朗さんの声が。目が。  熱い…… 「帰らないで」  少しだけ首を傾げた彼が、そう言った。 「今夜、一緒にいてほしい」  そんなの、言われたら。 「……はい」  断るなんて出来なかった。  史朗さんの笑顔が深くなる。  嬉しそう……?  また抱かれるのかな、って思って。 顔が火照る。 さっきシャワーしてきたのに、またなんて。 私は何を考えてるんだろう? 恥ずかしくなって、目を逸らした。 「今夜、澄香に会えて良かった…」 「あ……私も、です」  嘘じゃない。  バカ同期のせいで、あのままひとりでいたら寂しさで死ねたんじゃないかと思うくらいには弱ってた。  もしかして、この人も……?  寂しかったのかも、と思ったけど。 そんなはずないって、すぐに考え直す。  こんなに素敵な人なんだもの。周りが放っておくはずがないよ…  私とは、違う。 「…………」 「……おいで」  誘われるまま、ついて行く。 手を引かれて、何の抵抗もない。 ベッドにゆっくり、倒されても。 バスローブの前を、再び開かれても。 「名前を呼んで」  今夜だけ、と。 言い聞かせながら。 「……史朗さん」  目を細める彼に、どうしようもなく欲情しながら。 「澄香…」  そのまま夜に、彼に。  溺れた。
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