2night

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2night

1.  月曜日、昼休み。 社内のカフェテリアでする、同僚の莉奈とのランチ。 「災難だったね」  そう言われて、何のことだかはすぐにわかった。 「あいつ、どういう神経してんのかね…」  あいつとは、私に告白してきた同期。 その話は、莉奈にだけはしたから。 莉奈も同期で、つまり私のこともあいつのことも良く知っている。 飲み会にももちろんいて、一部始終を見てた。 「今朝も二人一緒に出勤してきたんだよ。段差もないのに腰に手なんか添えててさ」 「…ふぅん」 「何アピールなんだろうね?」 「………」  俺達子供を授かり幸せですアピールなんだろう。  もしくは、俺って妊娠した彼女を大切にする男ですアピール。  あいつは、そういうところがある。 見栄っ張りというか。  莉奈とあいつは通勤に使っている路線が同じだから、朝も一緒の時間の出勤してくることが多い。 「岩崎さんはバス通勤じゃなかったっけ?」 「もう同棲してんじゃないの?駅から一緒に出てきてたもん」 「あー…」  そうか。 結婚が決まってるんだから、一緒に住むのも不自然じゃないわけだ。 それなら。 「住所変更手続きの話しなきゃ…」 「澄香…」 「ん?」  パスタを巻きつけたフォークを手にしたまま、莉奈が棘のある視線を向けてきた。 「そんなのは本人に任せときなさいよ」 「え、でも」 「でもじゃないよ。いい大人なんだからそれくらい自分で考えてやるべきでしょ」  そうは言っても、上司として社内規則に則って彼女を指導するのも仕事なのだ。 住所が変わった、もしくは変わる予定ならば総務部に出向いて手続きをしてもらう必要がある。 入籍するならそれも、休暇を申請するならそれも。 そして。 「福利厚生の説明は私の仕事だよ」 「……この、真面目人間がぁ」  何故か恨めしそうに言われて、思わず笑ってしまった。 「莉奈、私は大丈夫だからさ」 「…………」 「そんな顔しないで」 「……澄香ぁ…」  告白された話をしたとき。 莉奈は驚くほど乗り気だった。 ついに、とか。 やったね、とか。 好意的で前向きな言葉をたくさんくれた。 正直、嬉しいのと戸惑いとが半々だった私は、莉奈のテンションにはついていけなかったのだけど。  数多い同期の中で、何かと仲の良い三人。 入社して十年近く、それだけの間に寄せ合った信頼は言わずもがな厚い。 仕事の成果も愚痴も、プライベートも。 何でも話せると思ってた。 でもそう思ってたのは、私だけだったのかもしれない。  あいつがあの子と付き合ってたなんて、知らなかった…  私の恋愛は全部話してたけどなぁ…  目の前、食べかけのチキンライスプレート。 いつもと同じに美味しいお気に入りなのに。 今日はあまり進まない。 「……げ」 「?」  向かいで変な声を出した莉奈が、しかめっ面で入口の方を見た。 「何…」 「来たよ女が」 「………」  会話の流れ的に、件の部下が入ってきたらしい。 「さっさと食べて出よう?」 「う、うん」  とは言うものの、莉奈はあと少しだけど自分の食事はまだ半分くらい残っていて。 「待って、すぐ食べる」 「いや、いいよ。ごめんね澄香、急かして…」  言ってるうちに、どうやら見つかったらしい。 「有澤さん!」  軽やかな足音と共に、部下が…岩崎花が近付いてきた。 「あ、またチキンライス食べてる!好きですね~」  明るい笑い声と共にした発言に、莉奈の口元が引き攣ったのが見えた。 「同じのばっかりは良くないですよ?」 「…だよね」 「私、今日はベジタリアンプレートにしてみたんです」  初めてですけど美味しそうですよ、と言いながら、当然のように隣に座る。 今までも何度も同じことをしてたのだから、不自然でもなんでもない。 ない、けど。  ちょっともう、食べられないな…  彼女が悪いんじゃない。 悪いのはどう考えても同期のあいつだ。 岩崎さんは、あのことを知らない。 始まりもしなかった恋愛のことなんか、妊娠している彼女は知るべきじゃない。 「あ、急ぎの電話があるんだった!」 「え、澄香?」 「ごめん、莉奈。電話が入るはずだから、もう戻るね」  精一杯の演技をしながら立ち上がる。 下手かもしれないけど、他にここを立ち去る理由を思いつかなかった。 「莉奈は?一緒に戻る?」 「あ、うん」 「じゃぁ行こう。ごめんね、岩崎さんはゆっくり食べてきてね」 「はぁい。有澤さん、忙しすぎですね〜…」  呆れたみたいな声を背中に、急ぎ足でテーブルを離れた。
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