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2.
「ふぅ……」
ため息が止まらない…
一階のカフェテリアは外から社外の人も入れる作りになっている。
二つある出口のうち、社内側から出てエレベーターに向かう途中で、今度はあいつと出くわした。
「有澤、小島も。もう終わったん?」
いつも通り、爽やかな雰囲気をまとった青野は「はえーな」と言いながら近付いてきた。
勘弁してよ、と思いつつ苛つくのはどうしようもない。
あんたと顔を合わせないために、今日の午前中どんだけ頑張ったと思ってんの…?
営業職の青野は外回りが多く、社内にいる時間は少ない方だけど。
今日は午後から新規営業になっていて、午前中はデスクで事務作業をしていた。
営業部と企画部は端と端とはいえ、同じフロアをうろつく奴に極力近付かないよう、細心の注意を払わざるを得なかった。
そんなことしなくてもいいような気もしたけど、向こうもチラチラこっちを見てたから、何だか意地になってしまったというか。
結局ずっと無視してたわけだけど、いつまでもそんなことを続けられるはずもない。
営業と企画はセットで動く事が多い。
青野の担当の中にも、私のチームが持っている企業、客先がいくつかある。
考えてみれば、青野と岩崎さんは半年前から共通の案件を抱えていた。
あぁ、それで仲良くなったのか…
今頃それに思い当たっても何も変わらないけれど。
「なぁ有澤、今日時間ある?」
「あるわけないでしょ、馬鹿なの?」
話し掛けた私でなく、隣の莉奈から即座に言い返された青野は目を見開いた。
いつものように誘っただけなのに何で?っていう顔だ。
「…何、小島。どうかした?」
「青野、あんたとは友達やめた」
「莉奈……」
「………」
私達は本当に、三人で仲が良かった。
そのうちどの組み合わせで二人になっても、それぞれ楽しい、そういう関係だった。
「…なるほど。知ってんのか…」
察したみたいに、青野がちらりとこっちを見る。
どうやら、あの告白の話を莉奈は知らないと思っていたらしい。
言わないほうが良かった…?
一瞬、罪悪感がこみ上げたけど。
いや、無理でしょ…これだけ仲良くて秘密になんかできない。
そう思い直した。
別に口止めもされなかったはずだ。
「行こう、澄香」
「うん…」
莉奈に促されて、また歩き出す。
「待って、有澤…」
青野の声は、聞こえなかったことにした。
終業後、莉奈に誘われて夕食を食べに行くことにした。
最近オープンしたばかりの話題の創作料理のお店はなかなか混雑していて、莉奈が昼休みのうちに予約してくれなければ入れなかっただろう。
「期待できそうだね、お料理」
「そんなのより、澄香。ちゃんと話してよ」
「あー……だよね」
とは言うものの。
「青野に言われて、考えてはいたんだけど…」
「うん」
「まぁ…、あれがなければ付き合ってた、と思う…」
「……だよね」
「ん…」
置かれたグラスに手を伸ばして、冷たい水を半分くらい一気に飲む。
レモンが効いていて、すごく美味しかった。
蒸し暑い今の時期にぴったりだし、氷もまん丸でお洒落。
これ、家でもできるのかなぁ…
ピッチャーのまま置いてあるレモン水を眺めていると、莉奈が静かな口調で言う。
「私もそう思ってた。澄香と青野、前から仲良かったし、何ていうか…友達とか同期とかじゃなくて、恋人一歩手前みたいな雰囲気だったよね?」
「うーん…」
そうなのかもしれない。
同期とか友達とか言うには、確かに距離が近かったように思う。
飲みに行って同じタクシーで帰るから、お互いの家も知ってるし。
ホームパーティーという名目で、行き来したこともある。
まぁ、そういう時は莉奈もいたけど。
社のレセプションパーティーでは、腕を組んで歩いたこともあった。
社内報に写真が載ってしまって、当時お互い社外に恋人がいて焦ったりもした。
「でも、そうはならなかったわけだからさー…」
仲の良い同期。
それ以上の関係になりたいと、はっきりと思ったことはない。
言われて考えたらありだった、ていうかそうなるのもいいかもと思えた。
でも、ならなかった。
それだけだ。
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