花を見ていたのか、花に見られていたのか

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花を見ていたのか、花に見られていたのか

 __桜は全てを見てきたんだって。 彼女はジュースを飲みながら得意げにそう言った。 屋台で売っていた割高なジュースにもう一度口を付けてから彼女は僕の顔を不思議そうに見てきた。 「え、話聞いてる?」 「聞いてる聞いてる。ただ急に何を言いだしたのかと思って」 そう返せば鈴を転がしたような声で笑われる。 何か変なことを言っただろうか。 「こういう話嫌い?」 「嫌いではないけどさ…」 「だと思った。好きそうだもん」 「…前々から思ってたけど俺に対するイメージ歪んでない?学校でもそんなに関わりないよね」 そう、彼女とは偶然桜で有名なこの公園で出会ったのだ。 受験受験とうるさい学校と塾から少しでも離れたくて息抜きに夜桜を見に来たら偶然同じクラスの彼女に会った。 突然隣に座って来たかと思ったら「何?振られたの?」と開口一番に聞かれた。 失礼にも程があるし、もしそうだと思ったならそっとしておいてくれ。 「なら関わろうよ。ほら、友達になろ!」 「あー、無理無理。陽キャのノリ怖いわ」 「陽キャは桜の噂なんか語らないでしょ!」 頬を膨らました彼女は怒った様子でそう言った。 そういえばどうしてそんな話を振って来たのだろうか。 「あ、その顔!興味出てきたでしょ」 にやにやと笑いながら顔を覗き込まれてしまい、思わず顔を顰める。 彼女は近くのゴミ箱に飲み終わったジュースの缶を捨てるとより距離を近づけて座って来た。 その距離感を不快に思いさりげなく座り直す。 「『桜は全てを見てきた』っていう噂知らない?」 「聞いたことないけど」 「ふふん。私が教えてあげましょう!」 興味がないわけではないため黙って聞く体勢に入る。 「桜には不思議な力があって人間の全てを見てるんだって」 「胡散臭~」 「で、人間の隠したいこと程見てるの」 「それ噂だとしても雑すぎない?」 提灯で照らされた夜桜を見上げながらそう返す。 春と言えどやはり夜は冷える。 寒さを紛らわすために腕を摩れば彼女は少し口を閉じた。 それを不思議に思い彼女を見ると、先ほどまでの子どもっぽい表情とは真逆の変に大人びた表情で俺を見ていた。 「…夜の山奥、寒そうだよね」 「は?」 彼女の口から零れた言葉は俺を恐ろしいほど動揺させた。 一気に血の気が引くのを感じて無意識の内にベンチを立ちあがる。 「待って」 「ごめん、もう帰らないと。ほら、明日も学校だし」 「君をこのまま帰すわけにはいかないの」 距離を詰めて座られたせいか手を掴まれる。 振り払おうと腕を上げた時、彼女と視線が絡んだ。 その瞬間息ができなくなるような不思議な感覚に体が動かなくなった。 「何人殺したの」 「…何のことだよ」 「自殺志願者たちの連続失踪事件。君が犯人なんでしょ」 「俺が犯人だとして死んだかどうかなんて分からないだろ」 「……知ってるよ」 彼女が声を震わせた時、突如強風に襲われた。 思わぬ桜吹雪に目を細める。 「だって、全部見てきたもん」 彼女は泣いていた。 確かに泣いていた。 しかしその涙は水ではなく桜の花びらだった。 「え…?」 「私の名前は桜木 美桜【さくらぎ みおう】。コノハナサクヤヒメが愛した人間の子孫なの」 「いえ、え、涙が…え?」 「私はこの変わった体質のおかげで桜の記憶を共有してもらえるの」 「…まさかそれで」 「うん、君が死体を埋めるのを見たの」 彼女は両手で俺の手を強く握ると悲しそうに顔を歪めた。 「お願い。これ以上桜に死体を見せないで」 「諦めてくれ。あれはアイツ等の最期の願いだったんだ」 今度こそ腕を振り払い、俺は帰路についた。 花は全てを見てきたというのなら、俺がしたことも許してくれ。
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