その異世界、ラブコメできますか?

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その異世界、ラブコメできますか?

「あのー、目を覚ましましたか?」  穏やかで落ち着いた声が聞こえてくる。  瞼をゆっくりと開いた。  青い空、寝心地の良い芝生。  暖かい木漏れ日に、爽やかな風。 「起きました。まだまだ寝ていたいですが」 「どちらでもいいですよ。まだ五千年ほど寝ていても誰も咎めません」 「そうですか。あと五千年、二度寝するのもいいのかな」 「じゃあ私は仕事に戻りますね」  大人の女性が芝生から立ち上がる。  私は眠気のあまり二度寝を決意した。  五千年眠っていいのか。  本当にここはのんびりだ。  ……。  って。  ……。  え? ええ。  ……。  ……。 「えっと、その、今五千年って?」 「言いましたけど?」  私は飛び起きた。  光沢のある白皙を掴む。  私もその女性も真っ白なスカートワンピースを着ていることに気づく。  汚れ一つない服装。 「一本の木と、見渡す限りの芝生。どこですか?」 「強いて言うなら中間地点ですけど?」  女性の頭にはアホ毛が浮いていた。  長い耳には水色のピアスが着いている。 「身体が軽い。私、死んだの?」 「はい。およそ二百年前に。生前の疲労が溜まっていたのか気持ち良さそうに寝てましたよ」 「そんなに疲れることしてた記憶ないけど。二百年か。生前のこといくらでも思い出せるのに」 「それは魂と記憶が強く結びついていたからですね。起きたのであれば、次の世界に案内します」 「次の世界?」 「私の担当は剣と魔法の世界なので、それらから次の世界を選んでもらいます」 「私戦うの? 死ぬの?」 「要望に沿った世界に、要望に沿った環境と肉体、能力で転生してもらいます。前世では損な運命を押し付けてしまったので大体の要望は聞けます」 「病気のことだよね?」 「はい。なので来世はできる限り要望通りにさせていただきます。では行きましょうか?」 「分かりました。要望か」  女性の正体は女神というやつで間違いないだろう。  異世界転生イベントだと思われる。  女性が一本の木に手を向けると、轟音と共に木が横へずれた。  元の位置に地下通路が現れる。  中は暗い。  階段を下りる。  女性が手の平を出すと綿毛の塊のような光が集まってきて辺りを照らした。  光は女性の目線よりやや高い位置を保っている。 「そろそろですね。あなたは何になりたいですか?」 「急には言えないけど。病室でできなかったことをたくさんしたいって思ってます」 「いいですね!」 「まだ転生の実感は湧きませんが少しずつわくわくしてきました」 「良かった。もしかしたら悲しくて転生する気すら起きないかもって思ってました。安心しました」 「できなかったことができると思うと楽しみだって思うの」 「特に何か要望は?」 「私、ラブコメが好きなんです。病室でいつも読んでいたので。ラブコメしたいです」 「恋愛、素敵ですね」   目の前に大人二人分くらいの高さがある扉がある。  女性が手形を合わせる。  扉が開くと石でできた長方形のテーブルがあった。 「椅子に座ってください。もう少し話を聞きたいので」 「分かりました」 「身分とかどうしますか?」 「私現代舞台のラブコメしか見たことなくて。どうしよ?」 「身分の影響を受けない方がいいんですよね?」 「うーむ。そうかも」 「なら貴族制度のない魔法世界にしましょう。次は生まれです!」 「生まれか。悲惨じゃなければいいけど、裕福で優しい家庭の元かな。私、前世を取り返すつもりでいろいろしたいから。欲張りだけど」 「言い方が謙虚ですね。悪い人ではないと分かっているので叶えます。能力は?」 「ラブコメに適してるのってどれくらいかな?」 「普通くらいにしておきますね。あとはチート能力とか好きな能力渡せますが?」 「その世界ってラブコメある?」 「小説や演劇ならあると思いますよ」 「最強の能力! 異世界でもラブコメ漫画やアニメ、小説を見る力! とか?」  私は人差し指を女性に向けて決めポーズを取る。  女性は鼻に拳を当てて目を閉じて微笑む。 「分かりました。恋愛、応援してます」 「ありがとうございます。ラブコメ楽しみです!」  こうして。  私は剣と魔法の世界に転生したのだった。  なお、貴族制度は廃止になっているらしい。  そして、ラブコメができる環境が整っているそうだ。  前世で恋愛経験がないことはさておき。  それでも私にはラブコメ知識があるのだッ!
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