長谷川センセイ 18

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そして、そんなことに、気付くと、落胆したというか…  あらためて、役者が違うと、思った…  私とは、役者が、違う…  私と、和子では、役者が違う…  一枚どころか、想像もできないほど、上…  おそらく、くぐってきた修羅場の数も、段違いに、多いに違いない…  だから、五井の女帝と、周りから、言われているのだ…  ただのお嬢様ではない…  ただの五井東家出身のお嬢様ではない…  あらためて、思った…  すでに、半年ちょっと前に、私が、オーストラリアに癌の治療に行く前に、今回の件を、すべて、見抜いていたということになる…  これは、恐れ入った…  実に、恐れ入った…  同時に、気付いた…  それほどのやり手だからこそ、伸明が、心配なのだと…  おそらく、和子から見れば、伸明が、どうにも、危なっかしいのでは、ないか?  伸明は、誰が見ても、お坊ちゃま…  良家のお坊ちゃまだ…  苦労知らずの良家のお坊ちゃまだ…  だから、騙されるのでは?  いや、  騙されるとは、言わないまでも、五井の舵取りを、このまま、伸明に任せて、大丈夫なのか?  と、心配になるのでは、ないか?  そう、思った…  だから、和子が、動く…  伸明が、頼りないから、動く…  そういうことだろう…  そして、そして、だ…  なぜ、和子が、私に肩入れするのか?  私、寿綾乃に肩入れするのか?  それは、たぶん、私が、伸明のお嫁さん候補だから(笑)…  自分で、自分のことを、こんなふうに言うのは、おかしいが、事実…  まぎれもない、事実だ…  お坊ちゃまの伸明には、しっかり者のお嫁さんが、必要だからだ…  この世知辛い、世の中…  ひとのいい、良家のお坊ちゃまと、同じく、ひとのいい、良家のお嬢様が、結婚して、無事、生きてゆけるのか?  甚だ、心もとないからだ(苦笑)…  たしかに、財産はある…  腐るほど、ある…  が、  たとえ、百億、千億、あるいは、それ以上、あっても、誰かに、騙されでもしたら、終わり…  一巻の終わりだ…  大金持ちは、庶民とは、違う…  なにが、違うかと、言えば、金を持っているから、違う…  だから、例えば、詐欺師のような人間が、周囲に、集まりかねない…  そして、詐欺師というのは、大抵は、投資詐欺…  つまりは、何十億、何百臆という大金を投資名義で、大金持ちから、引き出させる…  だから、そんな人間に狙われて、引っかかると、一巻の終わり…  瞬く間に、身ぐるみはがされて、一文無しになりかねない…  おそらく、和子は、そんな未来を恐れているに、違いない…  だから、伸明には、しっかり者の嫁を取らせる…  そして、伸明を護らせる…  そういうことだろう…  そして、そのためには、良家の子女よりも、普通の家庭出身の女の方が、いい…  その方が、人並みに、苦労をしているからだ…  良家の子女は、性格が、良いのが、大半だが、あまりに、ひとが良く、世間知らずだと、簡単に、騙されやすいからだ…  だから、敬遠する…  たとえ、ルックス、人柄、家柄が、申し分なくても、二人が、世間知らずでいては、困る…  それでは、簡単に騙されかねないからだ…  だから、私を選んだ…  和子は、私を選んだ…  そういうことだろう…  夫が、頼りなければ、しっかり者の嫁をもらえばいい…  そういうことだろう…  そして、そんなことを、考えていると、以前、和子が、言った言葉を思い出した…  「…この五井は、代々、女が、支えていると…」  「…五井の強い女たちが、五井を支えていると…」  たしか、以前、そう言った…  そして、それは、マミさんに、関して、言った…  なぜなら、マミさんは、五井家で、嫌われ者…  マミさんは、五井の前当主、諏訪野建造の娘だが、愛人の子供…  いわゆる、庶子だ…  正妻の子供ではない…  正式な五井家の血を引く者ではない…  だから、嫌われている…  それが、わかっているから、父の建造は、マミさんを、五井のグループ企業に雇わなかった…  代わりに、金を与え、自分で、会社を作らせた…  その方が、マミさんに合っていると思ったからだ…  なにより、五井の企業に入れて、五井家当主が愛人に産ませた子供だと、周囲にバレるのは、困る…  当主の建造の立場もあるし、また、マミさんも、会社に居づらくなるだろう…  そして、そんなことは、案外バレるものだ…  隠したいことほど、あっけなくバレるものだ…  どこからか、情報が、洩れるものだ…  だからこそ、建造は、マミさんを五井の企業に入れなかったのだろう…  そんな未来を見抜いていたのだろう…  が、  その認識は、違った…  なにが、違ったか?    マミさんは、意外にも、五井の女性たちに好かれていると、和子が、言った…  五井の強い女たちに、好かれていると、告げた…  私は、それを、聞いたときに、最初は、驚いたが、すぐに、納得した…  さもありなんと、納得した…  なぜなら、いかに当主の建造が、娘のマミさんに、金を与え、会社を作らせようとしても、五井家の全員を敵に回しては、難しいからだ…  だから、きっと、それほど、嫌われていない…  つまりは、マミさんを許すというか…  陰ながら、応援する人間がいても、おかしくはない…  そう、思った…  でなければ、いかに、五井家当主といえども、自分の娘に多額の資金を与え、会社を経営させるなど、できるはずがないからだ…  その事実を今さらながら、思い出した…  思い出したのだ…  そして、そんなことを、考えながら、あらためて、伸明を見た…  あらためて、伸明を見て、一体、なぜ、伸明は、ここに隠れているのだろ?  と、思った…  当然、身を隠す理由は、わかっている…  マスコミの追及から、逃れるためだ…  金を借りたナオキは、脱税の疑いで、逮捕された…  一方で、金を貸した伸明は、そのまま…  これでは、誰が見ても、不公平…  公平ではない…  だから、世間で、さわがれるのは、マズいと、思って、身を隠した…  もちろん、五井の力で、マスコミは、抑えてある…  金を借りた藤原ナオキは、逮捕されても、金を貸した諏訪野伸明のことを、テレビや雑誌では、ほとんど触れない…  誰が見ても、不自然なほど、触れない…  が、  今の世の中、ネットがある…  だから、ネットで、この話題が沸騰しては、困る…  だから、身を隠した…  姿を見せた方が、どうしても、話題になりやすい…  一方、姿を隠せば、どうしても、その話題は、下火になる…  最初は、この話題が沸騰しても、当事者が、いないと、どうしても、話題が、続かない…  そういうものだ…  だから、それを、見越して、伸明は、この病院に身を隠したのではないか?  私は、今さらながら、そう、思った…  が、  本当に、それだけだろうか?  他に、目的がないのだろうか?  ふと、思った…  なにしろ、この伸明は、五井家当主だ…  五井グループの頂点に立つ人物…  いわば、五井の顔だ…  そんな五井の顔が、身を隠している…  なにか、別の理由があるのかも、しれない…  ふと、思った…  もちろん、ホントのところは、どうか、わからない…  ただの勘だ…  が、  ふと、思った…  が、  さすがに、それを、口にすることは、できない…  そんなことより、今は、ただ、伸明と再会したのが、嬉しかった…  伸明と再会することで、なんとなく、事情が、呑み込めたからだ…  ナオキの会社、FK興産を五井グループが、買収する事情が、呑み込めたからだ…  薄々は、気付いていたが、やはり、伸明の口から、聞きたかった…  五井が、FK興産を買収する裏事情を、知りたかった…  そういうことだ…  だから、それを、思うと、ホッとしたというか…  途端に、肩の力が、抜けた…  それゆえ、一気に疲れた…  それまで、溜まっていた疲労が、一気に、やって来た…  そんな感じだった…  すると、途端に、立っているのも、辛くなった…  疲労が、一気にやって来たのだ…  これまで、気が張っていたから、大丈夫だった…  が、  所詮は、癌を、持つ身…  健康には、ほど遠い…  だから、その日の体調によって、良い時も、悪い時もある…  が、  今日のように、伸明と会うとなると、そんな体調の良し悪しは抜きにして、この場にやって来た…  この五井記念病院にやって来た…  だからだろう…  伸明の顔を見て、伸明の説明を聞いて、安心したというか…  正直、ホッとした…  そしたら、まるで、緊張の糸が緩むように、途端に、体調が悪化した…  立っているのも、難しいほど、体調が悪化した…  だから、思わず、  「…すいません…ちょっと、気分が…」  と、言った…  すると、すぐに、長谷川センセイが、  「…どうしました?…」  と、聞いてきた…  なにしろ、長谷川センセイだ…  この病院の勤務医だ…  この五井記念病院の私の主治医だ…  私は、長谷川センセイの顔を見て、安心しながら、  「…いえ、伸明さんの説明を聞くと、なんだか、ホッとして…」  と、言った…  長谷川センセイに、言った…  長谷川センセイは、医師の顔に戻っていた…  私の様子を見て、すぐに、医者の顔に戻っていた…  「…だったら、こちらに…」  と、長谷川センセイが、促した…  なにしろ、ここは、病室だ…  長谷川センセイは、私のカラダに手をやり、私を支えた…  伸明もまた、  「…寿さん…大丈夫?…」  と、心配そうな表情で、聞いてきた…  そして、  「…長谷川センセイ…ボクも手伝います…」  と、伸明が、言ったが、  「…いえ、たぶん、大丈夫です…」  と、長谷川センセイが、私のカラダを支えながら、伸明に告げた…  だから、伸明は、心配そうな表情で、私を見るだけだった…  私は、長谷川センセイに支えられ、ベッドに横になった…  なにしろ、ここは、病室…  五井記念病院の病室だ…  当然、ベッドもある…  伸明には、悪いが、伸明が使うであろう、ベッドに、私が、横になった…  「…センセイ…ありがとうございます…」  「…どういたしまして…」  長谷川センセイが返す…  「…寿さん…ゆっくりして下さい…」  「…ハイ…わかりました…」  と、答えた…  そして、ほどなく、私は、ウトウトした…  カラダが、限界だったのだろう…  知らない間に、寝ついた…                <続く>
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