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そして、そんなことに、気付くと、落胆したというか…
あらためて、役者が違うと、思った…
私とは、役者が、違う…
私と、和子では、役者が違う…
一枚どころか、想像もできないほど、上…
おそらく、くぐってきた修羅場の数も、段違いに、多いに違いない…
だから、五井の女帝と、周りから、言われているのだ…
ただのお嬢様ではない…
ただの五井東家出身のお嬢様ではない…
あらためて、思った…
すでに、半年ちょっと前に、私が、オーストラリアに癌の治療に行く前に、今回の件を、すべて、見抜いていたということになる…
これは、恐れ入った…
実に、恐れ入った…
同時に、気付いた…
それほどのやり手だからこそ、伸明が、心配なのだと…
おそらく、和子から見れば、伸明が、どうにも、危なっかしいのでは、ないか?
伸明は、誰が見ても、お坊ちゃま…
良家のお坊ちゃまだ…
苦労知らずの良家のお坊ちゃまだ…
だから、騙されるのでは?
いや、
騙されるとは、言わないまでも、五井の舵取りを、このまま、伸明に任せて、大丈夫なのか?
と、心配になるのでは、ないか?
そう、思った…
だから、和子が、動く…
伸明が、頼りないから、動く…
そういうことだろう…
そして、そして、だ…
なぜ、和子が、私に肩入れするのか?
私、寿綾乃に肩入れするのか?
それは、たぶん、私が、伸明のお嫁さん候補だから(笑)…
自分で、自分のことを、こんなふうに言うのは、おかしいが、事実…
まぎれもない、事実だ…
お坊ちゃまの伸明には、しっかり者のお嫁さんが、必要だからだ…
この世知辛い、世の中…
ひとのいい、良家のお坊ちゃまと、同じく、ひとのいい、良家のお嬢様が、結婚して、無事、生きてゆけるのか?
甚だ、心もとないからだ(苦笑)…
たしかに、財産はある…
腐るほど、ある…
が、
たとえ、百億、千億、あるいは、それ以上、あっても、誰かに、騙されでもしたら、終わり…
一巻の終わりだ…
大金持ちは、庶民とは、違う…
なにが、違うかと、言えば、金を持っているから、違う…
だから、例えば、詐欺師のような人間が、周囲に、集まりかねない…
そして、詐欺師というのは、大抵は、投資詐欺…
つまりは、何十億、何百臆という大金を投資名義で、大金持ちから、引き出させる…
だから、そんな人間に狙われて、引っかかると、一巻の終わり…
瞬く間に、身ぐるみはがされて、一文無しになりかねない…
おそらく、和子は、そんな未来を恐れているに、違いない…
だから、伸明には、しっかり者の嫁を取らせる…
そして、伸明を護らせる…
そういうことだろう…
そして、そのためには、良家の子女よりも、普通の家庭出身の女の方が、いい…
その方が、人並みに、苦労をしているからだ…
良家の子女は、性格が、良いのが、大半だが、あまりに、ひとが良く、世間知らずだと、簡単に、騙されやすいからだ…
だから、敬遠する…
たとえ、ルックス、人柄、家柄が、申し分なくても、二人が、世間知らずでいては、困る…
それでは、簡単に騙されかねないからだ…
だから、私を選んだ…
和子は、私を選んだ…
そういうことだろう…
夫が、頼りなければ、しっかり者の嫁をもらえばいい…
そういうことだろう…
そして、そんなことを、考えていると、以前、和子が、言った言葉を思い出した…
「…この五井は、代々、女が、支えていると…」
「…五井の強い女たちが、五井を支えていると…」
たしか、以前、そう言った…
そして、それは、マミさんに、関して、言った…
なぜなら、マミさんは、五井家で、嫌われ者…
マミさんは、五井の前当主、諏訪野建造の娘だが、愛人の子供…
いわゆる、庶子だ…
正妻の子供ではない…
正式な五井家の血を引く者ではない…
だから、嫌われている…
それが、わかっているから、父の建造は、マミさんを、五井のグループ企業に雇わなかった…
代わりに、金を与え、自分で、会社を作らせた…
その方が、マミさんに合っていると思ったからだ…
なにより、五井の企業に入れて、五井家当主が愛人に産ませた子供だと、周囲にバレるのは、困る…
当主の建造の立場もあるし、また、マミさんも、会社に居づらくなるだろう…
そして、そんなことは、案外バレるものだ…
隠したいことほど、あっけなくバレるものだ…
どこからか、情報が、洩れるものだ…
だからこそ、建造は、マミさんを五井の企業に入れなかったのだろう…
そんな未来を見抜いていたのだろう…
が、
その認識は、違った…
なにが、違ったか?
マミさんは、意外にも、五井の女性たちに好かれていると、和子が、言った…
五井の強い女たちに、好かれていると、告げた…
私は、それを、聞いたときに、最初は、驚いたが、すぐに、納得した…
さもありなんと、納得した…
なぜなら、いかに当主の建造が、娘のマミさんに、金を与え、会社を作らせようとしても、五井家の全員を敵に回しては、難しいからだ…
だから、きっと、それほど、嫌われていない…
つまりは、マミさんを許すというか…
陰ながら、応援する人間がいても、おかしくはない…
そう、思った…
でなければ、いかに、五井家当主といえども、自分の娘に多額の資金を与え、会社を経営させるなど、できるはずがないからだ…
その事実を今さらながら、思い出した…
思い出したのだ…
そして、そんなことを、考えながら、あらためて、伸明を見た…
あらためて、伸明を見て、一体、なぜ、伸明は、ここに隠れているのだろ?
と、思った…
当然、身を隠す理由は、わかっている…
マスコミの追及から、逃れるためだ…
金を借りたナオキは、脱税の疑いで、逮捕された…
一方で、金を貸した伸明は、そのまま…
これでは、誰が見ても、不公平…
公平ではない…
だから、世間で、さわがれるのは、マズいと、思って、身を隠した…
もちろん、五井の力で、マスコミは、抑えてある…
金を借りた藤原ナオキは、逮捕されても、金を貸した諏訪野伸明のことを、テレビや雑誌では、ほとんど触れない…
誰が見ても、不自然なほど、触れない…
が、
今の世の中、ネットがある…
だから、ネットで、この話題が沸騰しては、困る…
だから、身を隠した…
姿を見せた方が、どうしても、話題になりやすい…
一方、姿を隠せば、どうしても、その話題は、下火になる…
最初は、この話題が沸騰しても、当事者が、いないと、どうしても、話題が、続かない…
そういうものだ…
だから、それを、見越して、伸明は、この病院に身を隠したのではないか?
私は、今さらながら、そう、思った…
が、
本当に、それだけだろうか?
他に、目的がないのだろうか?
ふと、思った…
なにしろ、この伸明は、五井家当主だ…
五井グループの頂点に立つ人物…
いわば、五井の顔だ…
そんな五井の顔が、身を隠している…
なにか、別の理由があるのかも、しれない…
ふと、思った…
もちろん、ホントのところは、どうか、わからない…
ただの勘だ…
が、
ふと、思った…
が、
さすがに、それを、口にすることは、できない…
そんなことより、今は、ただ、伸明と再会したのが、嬉しかった…
伸明と再会することで、なんとなく、事情が、呑み込めたからだ…
ナオキの会社、FK興産を五井グループが、買収する事情が、呑み込めたからだ…
薄々は、気付いていたが、やはり、伸明の口から、聞きたかった…
五井が、FK興産を買収する裏事情を、知りたかった…
そういうことだ…
だから、それを、思うと、ホッとしたというか…
途端に、肩の力が、抜けた…
それゆえ、一気に疲れた…
それまで、溜まっていた疲労が、一気に、やって来た…
そんな感じだった…
すると、途端に、立っているのも、辛くなった…
疲労が、一気にやって来たのだ…
これまで、気が張っていたから、大丈夫だった…
が、
所詮は、癌を、持つ身…
健康には、ほど遠い…
だから、その日の体調によって、良い時も、悪い時もある…
が、
今日のように、伸明と会うとなると、そんな体調の良し悪しは抜きにして、この場にやって来た…
この五井記念病院にやって来た…
だからだろう…
伸明の顔を見て、伸明の説明を聞いて、安心したというか…
正直、ホッとした…
そしたら、まるで、緊張の糸が緩むように、途端に、体調が悪化した…
立っているのも、難しいほど、体調が悪化した…
だから、思わず、
「…すいません…ちょっと、気分が…」
と、言った…
すると、すぐに、長谷川センセイが、
「…どうしました?…」
と、聞いてきた…
なにしろ、長谷川センセイだ…
この病院の勤務医だ…
この五井記念病院の私の主治医だ…
私は、長谷川センセイの顔を見て、安心しながら、
「…いえ、伸明さんの説明を聞くと、なんだか、ホッとして…」
と、言った…
長谷川センセイに、言った…
長谷川センセイは、医師の顔に戻っていた…
私の様子を見て、すぐに、医者の顔に戻っていた…
「…だったら、こちらに…」
と、長谷川センセイが、促した…
なにしろ、ここは、病室だ…
長谷川センセイは、私のカラダに手をやり、私を支えた…
伸明もまた、
「…寿さん…大丈夫?…」
と、心配そうな表情で、聞いてきた…
そして、
「…長谷川センセイ…ボクも手伝います…」
と、伸明が、言ったが、
「…いえ、たぶん、大丈夫です…」
と、長谷川センセイが、私のカラダを支えながら、伸明に告げた…
だから、伸明は、心配そうな表情で、私を見るだけだった…
私は、長谷川センセイに支えられ、ベッドに横になった…
なにしろ、ここは、病室…
五井記念病院の病室だ…
当然、ベッドもある…
伸明には、悪いが、伸明が使うであろう、ベッドに、私が、横になった…
「…センセイ…ありがとうございます…」
「…どういたしまして…」
長谷川センセイが返す…
「…寿さん…ゆっくりして下さい…」
「…ハイ…わかりました…」
と、答えた…
そして、ほどなく、私は、ウトウトした…
カラダが、限界だったのだろう…
知らない間に、寝ついた…
<続く>
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