えぴろーぐ 2

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えぴろーぐ 2

   赤い薔薇は『愛情』  九本の薔薇は『いつまでも一緒にいてください』  樹は僕に似合っているとチューリップを選んでくれた。樹ならチューリップよりもやっぱり薔薇のほうが似合う気がする。  九本の薔薇の花束は僕には高価で、これの為にバイトを始めたと言ってもいい。 「……いっくんのくれた花たちのメッセージの答え……なんだけど」  樹はまだ驚いたような顔をしていて、僕は心臓をばくばくさせた。  えっと……やっぱり間違っちゃった? ええいっいいや、言ってしまおう!  そう決意はしたものの、恥ずかしさで視線は樹の顔から外れ、胸の辺りに落ちる。  顔がめちゃくちゃ熱い。 「あのね、いっくん……っ」 「──間違って……ねぇ」  頭の上から降って来た言葉──それは低い呟きだった。  僕は見上げる。  ちょっと視線を外した隙に、樹はぐっと僕に近づいていた。  僕を見下ろすその顔は、何処か複雑そうな表情だった。 「でも、それは……ナナへのメッセージじゃないんだ……」 「え?」  僕に……じゃない……? やっぱり間違いなの……?    樹の真意がわからないうちから、もう涙が出そうになっている。  でもとにかくこれだけは。 「……いっくん……お祝い受け取ってくれる……?」  僕は赤い薔薇の花束を樹の胸に押しつけるように差し出した。  傍にある車のリアウィンドウに、泣き笑いみたいな顔が映っている。  樹の両手が花束を抱えた僕の両手に重なる。 「だって……男が花言葉になんて気づかない可能性のほうが高いだろ? ──だからそれは、伝えられなくても構わない、俺のナナへの気持ちなんだ」  花束はそっと樹に奪われた。  僕は樹の言葉を頭の中でゆっくりと噛み砕いた。 「えっと……じゃあ、やっぱり……」 「間違ってない」  さっきと同じ言葉だけど、今度は随分と照れ臭そうだ。 「ナナが俺のことを……なんて、思えなかったけど。今日は玉砕覚悟で伝えようと思った」 「……僕も玉砕覚悟で……もし、間違っちゃっても、いっくんなら、それでも友だちでいてくれるだろうって……そっちの可能性のが高いんじゃないかって……だっていっくん、僕のこと『親友』って……」  伝えたい気持ちが溢れ出すぎて纏まらない。思う端から零れしまう。樹に伝わっているだろうか。 「『親友』って、それ、ナナが言ったんだろ?」  くすっと笑われる。 「あ……う……そうでした」 「あの言葉は嬉しかったけど、辛かったな……やっぱそれ以上にはなれないのかって……でも、あの時ははっきり言える立場でもなかったし、玉砕したらそれこそ受験どころじゃないし」 『……いっか、今は……』  あの時……やっぱり、いっくんはそう言ったんだ……どういう意味かわからなかったけど……。 「いっくん、あのっ」  まだまだ言い足りない。大事な言葉を言っていない。  でも、突然樹に肩を掴まれて引き寄せられた。  吃驚して、一番言いたい言葉もどこかにすっ飛んだ。 「ナナこそ……これ、間違いじゃないよな」 「間違いじゃないよっ僕いっくんのこと、ずっと──」    耳元でガサッと音がする。  横目に薔薇の赤がぼやけて見えた。    えっ? と思った瞬間、顔に影が落ちる。  ふにっと柔らかなものが唇の間近に軽く触れ、すぐに遠ざかった。  今の……何……。  どきどきと心臓が煩い。  あの柔らかさには覚えがあった。  病室で、目尻に滲んだ涙を吸った──樹の…………。  樹が屈んで自分の額と僕の額をくっつけていた。  河津桜と車の陰。  そして、片手に持った薔薇の花束で顔を隠して。  今のって……キ……。  脳裏でその言葉を浮かべるだけで心臓が弾けてしまいそう。 「あの……いっく……」  顔が近すぎて彼がどんな表情をしているのかわからない。  ただ顔の位置を少しずらしたのは感じた。  耳許に唇の感触。  樹の掠れた声で名を呼ばれた。 「ナナ──」 ★ ★  僕らはこの一年間『親友』だった。  そんな僕らの関係に新たな名前がつけられるのだろうか。  僕らの新しい物語は今始まったばかり。  ──それは、そんな『はじまりの日』の朝だった──。 ★ ★ 「ナナー、卒業式終わったらお祝いなー」 「うん、お祝いしよー」 「当然二人だよな」 「いっくんがそのほうがいいなら」 「あったりまえ」  びしっとデコピンが飛んできた。                End.  
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