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「嘘……」
「おっ、元気そうじゃん」
すっと大きい手が伸びてきて私の顔を触る。
「あれっ? だって葉書……、さっき届いて……」
蒼汰を見上げながら混乱していると、むにゅっと頬をつねられた。
「おれ? 目の前にいるけど?」
ふっふっふ、と得意気に笑ったあと、「競争してたんだけどなあ、出すのが早かったみたいだな」と顎に手をやりながら一人つぶやいている。
「へえ、いい部屋じゃん」
蒼汰は玄関にカメラ用のリュックや大きなボストンバッグをどさっと置いてあたりを見回した。
「そうだ。おれ、発音おかしくない? おやじといてもわかんなくて。さっきタクシーで日本語とっさに出てこなくて、びびった」
蒼汰は私や涼介さんを驚かせようとして、連絡もせずに予定より早く帰ってきたのだと嬉しそうに言った。
久しぶりの帰国に興奮しているのか蒼汰は離れていた間に見聞きしたものや食べたものなどについてひっきりなしに喋っていたけれど、私はうまく返事ができず、頭の中で、ほんものだ、ほんものだ、と叫び続けていた。
「そういう色のシャツも着るんだね?」
思わずとんちんかんなことを聞いてしまう。昔の彼なら着なかった色だ、などとつまらないことを言う気はなかった。
「すごく、すごく似合ってるよ」
「そうか。ありがとな」
蒼汰は私がまだ現実を受け入れられてないことを知っているのか、ニコニコと微笑みながら、私の理解が追いつくのを待ってくれている。
私は浅黒い肌や、逞しくなった肩や腕のかたちに目を見張っていた。このひとはどんどん変化していく。
「腹へったな、外でメシでも食うか。写真も見せたいし」
蒼汰がリュックをごそごそ漁って財布を探しはじめたので、彼がまたどこかへ行ってしまう、と後ろから抱きついた。
「あ、今おれに触らないほうがいいぞ。砂かぶったまま着いたようなもんだから。埃っぽいし」
「……いい」
背中にも筋肉がついていることに気づいて、蒼汰は言葉も通じないとこで頑張って大変だっただろうなあとか、あれから時間がいっぱい過ぎてしまったんだなあ、なんて考えていたら、たまらなくなった。
「じゃあ汚れだけ落とさせて。シャワー借りていい?」
蒼汰は立ち上がろうとする。
「いや。このまま……」
私は強引に彼の唇をふさいだ。
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