60人が本棚に入れています
本棚に追加
私は慌てて、う、うん、とうなずく。急に声をかけられて驚いてしまった。入院中から喋りかけてもあまり返事してもらえなくなっていたのだ。
蒼汰の言うように彼のお父さんとは面識があった。アーティスト特有の奔放な雰囲気をまとった不思議なひとだった。蒼汰と出会ってすぐ、おじさんが海外から一時帰国したときに紹介してくれたのだ。
「ここで結愛と一緒に暮らしたいんだけど」
蒼汰が単刀直入に頼むと、「いいよ?」と即答された。
「もう成人してるんだ。自分たちで好きに決めたらいい」
これからどうやって親を説得したらいいか蒼汰と意気込んでいたところだったので、二人して拍子抜けしたことを覚えている。
家を離れるとき、おじさんは蒼汰に向かって「信じたんだからな」とだけ言った。この信頼に応えていくほうが難しいんだぞ、と。それを聞いて蒼汰は「これで、いいかげんなことはできなくなったな」と笑っていたのだ。
しばらくして「おれたち結婚することにしたから」と蒼汰が告げると、とても喜んでくれ、私たちの将来を誰よりも応援してくれた。
「ふーん。親も公認か」
蒼汰はソファーに寝そべりながら、こちらをちらちら見てくる。
手は忙しなくスマホの画像をスクロールしており、私とのメッセージのやり取りを読みながら「完全に忘れてるよ」と首をかしげていた。
「おじさん、今はどこにいるの?」
「さあね」
私に近づかれるとうっとうしいのか、彼はさっと目を逸らしてしまう。自分が撮ったはずの写真をスマホで一枚ずつチェックしているようだった。
「これは覚えてる、これも。……ん? これは何だっけ」
こっそり蒼汰の背後にまわって観察すると、料理をする私の後ろ姿や、文庫本を読んでいる私の横顔が何枚も出てきてびっくりした。
「蒼汰、こんなの撮ってたんだ……」
蒼汰はカメラにこだわりがあって、撮影にスマホを使うのは好きじゃないと言っていたし、撮っているところを見たこともなかったから驚いた。
「うーん。やっぱ思い出せないな。眠いし」
さんざん悩んだ様子をみせたあと、蒼汰は自分の部屋にこもってしまった。涼介さんは苦笑している。弟が退院したことに、ひとまずほっとしているようだった。
最初のコメントを投稿しよう!