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マンション近くの公園を歩いていると、近所の学生だという数人の男性に追いかけられたことがあった。なぜか私の名前を知っていて、しつこく話しかけてくる。
何度ふり切ろうとしても「話だけでも聞いてよー」「いったん止まろっか」と前に立ちはだかり道を塞がれた。
私は公園に入ったことを後悔していた。
近所のスーパーから帰るときはここを横切るのが近道だったが、夜は絶対に入るなと蒼汰からきつく言われていたのだ。街灯の明かりが届かず暗いところがあるし、人通りも少なくなるから危険だと。近所の女子高校生が不審者に連れ去られそうになる事件も起きたばかりだった。
私は食料品を買いに行った帰りで、財布とスーパーの袋しか持っていなかったから、蒼汰に助けを呼ぶこともできなかった。
男のひとたちに囲まれて震えていたとき、
「帰るぞ」
と蒼汰が現れ、私の腕をとって助け出してくれた。いつになく険しい顔つきだった。
「おれの家族に何か用ですか?」
蒼汰は男たちの目をじっと見すえながら言った。真正面から問われ、男たちは互いに顔を見合わせたあと気まずそうに離れていったのだ。
「夜に出歩くときは必ずおれに声かけてって言っただろ」
二人きりになったあと、怒られた。
「でも寝てるところを起こすのも悪いし。牛乳が買いたかっただけだし……」
強い口調に気圧された私はぐずぐずと言い訳をした。
蒼汰は夜景の撮影をしない日の夜は部屋で寝ていることが多い。たいてい授業やその合間にも近所を撮って回っていたり、スタジオや暗室にこもって作業しておりくたくたなのだ。なるべく邪魔になりたくなかった。
「結愛に何かあったんじゃないかって心配するほうが、おれにはしんどいことなんだ」
何を言っても蒼汰は厳しい表情を崩さなかった。私は素直に「ごめんなさい」と謝るしかなかった。
「今度からついてきてもらうね、ごめんね?」と彼の袖を引っ張ると、蒼汰はしょげている私を気遣ったのか、お返しとばかりに私の頬を両手でつまんで引っ張ってみせた。
「本当にわかってんのか、まん丸」
「たぬきみたいだな」
微笑みながら頬の肉をぐりぐりと動かしてくる。わかったからひゃめて、と言いながら私も思わず吹き出していた。
「うちに帰ろうか」
蒼汰の思いやりのおかげで私は自然に笑顔に戻ることができた。
この世の中に自分のことを本気で心配してくれるひとがいることの幸せをかみしめながら、私は彼の腕に自分の頬っぺたをこすりつけた。
「うん、帰る。一緒に」
その感触に揺るぎないものを感じて安心できたのだ。
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