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カーブを曲がりそこねたバイクの車体が歩道にいた私たち目がけて急スピードで襲いかかってきたとき、私は怖いと感じる間もなくその場でうずくまることしかできなかった。
蒼汰は素早く私の腕をつかんでかばってくれた。だがその反動で、蒼汰自身が車体に触れてしまい、からだを引きずられてしまったのだ。
衝撃のあと目を開けると、バイクから少し離れたところで蒼汰がうつ伏せに倒れているのが見えた。運転者らしき男性のうめき声と、通行人の「誰か、救急車!」という金切り声がした。
「蒼汰、大丈夫?」
慌てて駆け寄ったが反応がない。出血は見当たらないがぐったりしていて何度呼んでも蒼汰は目を開けなかった。
「蒼汰! 蒼汰!」
私のせいだ。どうしよう。救急車で運ばれている間も名前を呼び続けることしかできなかった。私は自分の家族を事故で亡くしているのだ。あんな思いは二度としたくない。
バイクが側壁やフェンスにぶつかるけたたましい衝撃音が、いつまでも耳から離れなかった。
「結愛ちゃんも怖かったよね。歩道にいただけでこんな目にあって。人通りの多いところじゃなかったのがせめてもの救いだよ」
涼介さんの声で我に返った。
幸い、蒼汰と私の周囲には誰もおらず、他に負傷したひとはいなかったのだ。無意識のうちに私は自分の左手に巻かれた薄っぺらい包帯をさすり続けていた。
「ゆあ?」
涼介さんが、首をかしげている蒼汰に私のことを説明してくれている。
嫌な予感がした。
「そう、結愛ちゃん」
「どの子?」
「だから……」
二人の視線がさっと私に向くのがわかった。蒼汰は私の顔をしばらく見つめたあと、ああ、とうなずいた。
「このひと、誰だっけ? さっきからうまく思い出せなくて。もしかして兄貴の新しい彼女とか?」
無邪気に笑いかけてくる蒼汰を見つめながら、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。
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