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蒼汰は事故から約一か月後に退院した。
私のこと以外にも抜けている記憶がいくつかあるものの、些細なことばかりで日常生活に支障がないと判断された。いくら検査をしても数値に異常は見られず、また蒼汰自身も困っている様子を見せなかったため、病院としてもこれ以上引き止める理由はないらしかった。通院で様子を見るという。
長く思い出せないこともあるのだろうか……。私が考え込んでいる横で、蒼汰は学科の必修単位のことばかり心配していた。
「どうしよう。おれ基礎演習IIぜったい落としてるわ」
肘を伸ばしたり回したりしながら独り言みたいにぼやいている。
「痛いとこない?」
腕をぶんぶん振っている蒼汰に聞くと、
「なんか母親みたいだな」
とうっとうしそうな顔をされた。両耳にイヤホンをねじ込んで背を向けてしまったのだ。
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