【02】別のひと

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【02】別のひと

「本当に同居してたんだ。冗談かと思ってた」  蒼汰はマンションの部屋に上がりこんだ私を不審そうに見回していた。 「おやじから着信きてる。かけろよ、もう平気だって」  先にリビングに行っていた涼介さんが、スマホを片手に彼を呼びにくると、「おう」と元気よく返事して廊下をずんずん進んでいってしまった。  一か月ぶりに戻ってきた自宅に戸惑っている様子はない。  肩や背中あたりがまだ少し痛むらしく、玄関ドアの前で鍵を取り出すのに手間取ったくらいで、階数も部屋の位置もはっきりと覚えていたし、二つある鍵穴のうち、上の一つしか使わない習慣があることも記憶していた。  私はどうしたらいいんだろう……。  靴を脱いでみたものの途方に暮れてしまった。この家は蒼汰の実家で、同居といっても私はいわば居候の立場だ。彼から歓迎されていない私が、ここに居続けていいのだろうか。リビングからは蒼汰の跳ねるような声が響いてくる。海外に住む父親に連絡したのだろう。 「おじさんのことは覚えてるよね、やっぱり……」  玄関で立ちつくしていると、「結愛ちゃん」と涼介さんから呼ばれた。少しためらった様子を見せたあと、涼介さんは口を開いた。 「これを機に、別々に住むことを考えてみない?」  突然別居の提案をされたのだ。 「実は君たちが同棲するって聞いたときから僕は反対だったんだ。でも蒼汰がどうしてもって頭を下げるから。君には行くところがないって」  はい、と私はかろうじて返事をした。  このマンションは涼介さんの実家でもある。蒼汰が一人で住んでいたのをいいことに転がり込んできた私をこころよく思っていないことには気づいていた。  このまま蒼汰と私は引き離されてしまうのだろうか。涼介さんは意外にもすまなそうな表情をしていた。 「結愛ちゃん。もしこの家を出る気になったらね……」と涼介さんが何かを言いかけたとき、 「おやじ、変わってなかったよ」  蒼汰が笑顔のまま涼介さんに近づいてきたので話は中断した。 「彼女が増えたらしいぜ」 「またまた。振られたことに気づいてないだけだろう」 「言えてる」  二人はソファーで楽しそうに父親の噂話をしている。  蒼汰が喋りながら、床に転がっていたボールを拾って指先でくるくると回しはじめたので、懐かしくなった。バスケ部に所属していた中学時代からのくせだと彼自身に聞いたことがある。じいっと見つめていると、蒼汰と視線がぶつかりそうになったので慌てて目を逸らした。  私はキッチンカウンターに置いたポトスの鉢植えに水をやりながら、兄弟の会話を注意深く聞いていた。 「今度はいつ帰ってくるのかな。他に何か言ってなかったか?」  涼介さんが聞くと、蒼汰は急に思い出したように、「そう言えば!」と私に向かって声を張った。 「『ゆあちゃんによろしく』だってさ。それって、あんたのことだろ」
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