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「やってたじゃん、メシ作ったりバイトしたり、ちゃんと単位も取ってさ。こいつ、おれなんかより全然つよいし、真剣に生きてるなって。さんざん邪魔したけど、けっこう尊敬してたっていうか、反省したっていうか……」
「そんなこと思ってくれてたの?」
目を丸くしていると、「まあな」と私の髪に優しく触れてくれた。
「おれも遊んでられないなって焦ってた。自分は本当は何をやりたいんだろうって。来年から就活がはじまるって聞いてもぴんとこないしさ。やっぱり自分の作品に集中することかなって」
「……」
「だからさ、待ってろよ。おやじに一人前だって認められたら絶対に戻ってきて、仕事だって見つけるよ。別に行ったっきりってワケでもないし、たまに帰ってくるから心配すんなよ」
蒼汰の言っていることはよくわかっていた。けれど返事はできなかった。子供にでも言い聞かせるように私の耳元で諭す。
「今の結愛なら大丈夫だろ。しっかりやってるって兄貴もほめてたし。そうだ、友達つくれよ。大学で一人もいないだろ? いくら不幸な生い立ちだからって人間関係さぼる言い訳にして自分を甘やかさないほうがいいよ。殻に閉じこもるなよ、いつまでも」
乱暴な言い方だけど、私を心配して励まそうとしてくれていることは伝わった。それでも私は、嫌、嫌、と泣きながら首を横に振り続けた。いくら友達なんか作ったって、蒼汰がいなければ意味はない。
わかってくれよ、となだめられた。
「おれ、他のやつと適当に遊んでみようとしたけど結局ダメだった。女の子はやっぱり一人でいいや」
蒼汰は私の背中を撫でながら、ぽつりと言うのだ。
「結愛だけでいい」
「えっ」驚いてまた顔を上げようとしたら、「そのままでいて」と哀願するように言われた。
「おまえって柔らかいな。これ以上ここにいたら決心揺らぎそう」
蒼汰は匂いでもかぐみたいに、私の首筋に自分の頬をこすりつけている。
「……蒼汰?」
ぎゅっと抱きしめられていて、表情がよく見えない。
「もう比べんなよ、おれを。誰とも。結愛には今のおれだけを見ていてほしい」
蒼汰の肩越しに、雪が見えた。
「結愛が好きなんだ」
言葉にして伝えられるのは、これが初めてだと思った。もっと、何十回でも何百回でも聞いてたい。けれど胸がいっぱいで、これ以上は何も言えなかった。
待ってるよ、蒼汰……。
私は目をつぶって、この感触を一生忘れないようにしようと思った。
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