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イタリアンレストランでのバイトも順調に続いていた。まだ皿洗いだが厨房に入れてもらえるようになった。勉強することがたくさんある。一緒に働く仲間たちにも恵まれた。
朗らかなひとが多く、ミスをしても背中をぽんっと叩いて「次は頑張れよ」と励ましてくれるのだ。客席が笑顔なのは気分がいいが、働いている私たちも笑っていられるのは、もっといい。お店のみんなと接していると、心にぱっと明かりがつくのがわかる。
「食にかかわる仕事に就きたいです」
それまで言葉にしたことなんかないのに、すとんと口から出てきた。
バイト先の先輩と話していて、将来の夢を聞かれてそう答えたのだ。中学卒業後に飲食店で働くことが多かったのも、もしかしたら自分の興味に近いことを子供なりに感じていたからかもしれない。
だが具体的に、将来は飲食店のオーナになりたいのか、シェフなのか、はたまた食品メーカーの社員なのか、栄養士なのか……。周囲は就活の準備に入ったころだというのに、私の目的地はまだ判然としなかった。それでも、「方向性が見えてきて良かったじゃん」と蒼汰が微笑んでくれた気がした。
以前バイトでお世話になっていた佐々木さんと甲斐君がランチを食べに来てくれたこともあった。
佐々木さんは、「また同じ業界に戻ってきてくれて嬉しいよ!」と激励してくれたのだ。元気に働いている姿を見てもらえて、ほっとした。
会計時に甲斐君と少しだけ話せる時間があった。
「あの時は、すみませんでした」
私は深々と頭を下げた。バイトを休みがちになっている私を心配してケーキを持ってお見舞いにきてくれたときのこと。気まずい別れ方をしたままだったから心にひっかかっていた。ううん、と甲斐君はゆっくり首を横に振った。
「幸せそうで良かったやん」
柔和な声だった……、と思ったのもつかの間、「それにしてもやで!」ぎゃはは、と甲斐君ははしゃぎはじめたのだ。
「おれは自分の才能がこわいよ……」眉間にわざとらしく指を押し当てて、苦悩のポーズをしてみせる。
「最初から絶対あの『蒼汰』って子が怪しいと思っててん。な、当たったやろ!? だってお互いにこう……、目ぇからオーラ出とったもんなっ」
蒼汰たちがバイト先に来店したときのことをまだ喋っている。顔から何か噴き出ているようなコミカルな身ぶり手ぶりをして見せながら、「やっぱり好きおうてたんやね~」と甲斐君は笑っていた。
「もう、冗談ばっかり! 絶対、気づいてなかったでしょ」
私も声をあげながら、久しぶりに会ったのに何事もなかったように接してくれる甲斐君の優しさに救われていた。
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