【13】おかえり

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 花のにおいが消えかかっていた。春が終わって梅雨が過ぎると、また暑い夏がやってくる、そんな飽くことのない季節のうつろいを予感させるような日だった。  蒼汰は、いつ帰ってくるんだろう……。  私は土曜日の昼下がり、アパートの部屋で畳の上をごろごろしながらカフェラテを飲んでいた。バイトは休みの日だった。  今朝、蒼汰から届いたポストカードには、南米にいると書いてあった。消印の日付は、一週間前だ。  遠いんだろうなあとため息をつく。一度くらい顔を見せに来たっていいのに。この前のメールではもうすぐ一時帰国する予定だと書いてあった。涼介さんの結婚式に出るためだ。 「結愛ちゃん、実は……」  めずらしく顔を真っ赤にした涼介さんが、高校時代の先輩との入籍を私に告げたとき、相手の女性のお腹には、すでに赤ちゃんがいた。 「いわゆる『授かり婚』ってやつでね」  涼介さんはその女性に高校時代からずっと片思いをしていたらしい。塾で帰りが遅くなって、不良に絡まれて困っていた十六歳の涼介さんを、腕っぷしの強い先輩が助けてくれたことがきっかけだった。  彼女が高校を卒業するタイミングであっさり振られたが、気持ちを断ち切ることができず、彼は大学生になっても、社会人になってもその女性だけを思い続けていたという。向こうからは、慕ってくれている後輩のひとりとしか思われていなかったらしい。  これが最後だと覚悟を決めて、手料理をふるまいながら四度目の告白をしたら、なぜかOKをもらえてしまい、三か月前からお付き合いがはじまったのだと聞いた。 「いやあ、自分でも諦めが悪いと思ったんだけど、まさか振り向いてくれるとは。一生分の運を使ったかもしれないね」  涼介さんは照れ笑いをして、その女性のことを話している間じゅう、そわそわと落ち着きがなさそうだった。あの冷静沈着な涼介さんでさえ、好きなひとのことになると余裕を失ってしまうのかと可笑しかった。  蒼汰、元気? 今、何しているの?  涼介さんの話を聞いた後は、やっぱり彼のことを考えてしまう。はやく顔が見たかった。 「いい天気だから、ふとんでも干そうかな」  元気を出さなきゃ、と立ち上がったとき、玄関のドアをノックする音が聞こえた。  宅配、何か頼んでいたっけな、と何の気なしにドアを開けると、ドアの外に立っていたのは蒼汰だった。
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