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ここは老舗の和菓子屋。
毎年、春になるとありったけの桜の葉を買いに来る 男の子がいる。彼が小さい時から、毎年、毎 年、買いに来る。彼が店に来ると、ああ、もうこんな時期か、と、春の訪れを感じるまでになった。
普段は客の個人的な事情に干渉しない主義なのだが、葉だけを買う理由がどうしても気になって、6年目くらいでとうとう聞いてみた。
「俺の妹、病気であまり外に出られないんす よ。だから花見なんてもっての外で。
それで、せめて部屋の中でも春を感じて欲し くて、桜の葉をたくさん買って、香りを感じて、紙で桜吹雪を作って、家でお花見ごっこをして遊んでるんです。」
学ランに身を包んだ彼は、少し照れくさそうに教えてくれた。
さらにそれから3年、彼は桜の葉を買いに来た。
しかし、その次の春、彼は買いに来なかった。待てども待てども、来なかった。桜の盛りも過ぎてしまった。まさか、という思いが頭の中をかけめぐった。
□■□■□■□■
「すみません。お饅頭2つ、いただけません か?」
ある5月の日、彼が店に現れた。
店主はいささか驚きながら声をかけた。
「今年はもう来ないのかと思ったよ。」
「すみません。――俺にはもう、桜の葉が必 要なくなっちゃって。」
ハッとして理由を聞こうとすると、
彼の後ろからワンピースを着た少女 が入ってきた。
「これから一緒に葉桜を見に行くんです。そ のためのお饅頭を買いに来ました。」
――彼らにもやっと本当の春がめぐってきた ようだ。
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