手が伸びる

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手が伸びる

 お兄ちゃんが私に囁く。 「盗ってこい。俺が見ててやる。お前の方が見つからない。」    私は急いでコンビニのパンの棚の一番下にあるパンを伸びたトレーナーの下に入れた。  そして、お兄ちゃんと打ち合わせたように、別々にお店を出た。   決して急いで走らないように。  色々見たけど欲しいものがなかったふりをしてお家の方へ歩く。  お兄ちゃんは、欲しい雑誌がなかったふりをして私の後から出てきて、コンビニから見えない所に来ると、走って私に追いついた。 「盗れた?」  私は頷いたが、道で商品を出すようなまねはしなかった。  お家に帰ってからおなかからそうっとロールパンが5つはいった袋をだした。 「いいぞ。一個ずつのよりたくさん入ってるな。」 「あのね、これが一番ガサガサ言わないで盗れるの。」 「そっか。じゃ、ひとつずつ食べて、あした、また一つずつ。後の半分はあさっての朝に食べような。」  お兄ちゃんはそう言うと、ロールパンを一つ私にくれた。  お母さんはとっくに家を出て行って、お父さんはちょっと前から帰ってこない。  お兄ちゃんは幼稚園もお弁当を持っていけないので休んでいた。  幼稚園からの電話は、いつもお父さんの電話にかかってきていたので、今はどうなっているのか分からない。  お兄ちゃんのお弁当はお父さんが作っていた。冷凍のおかずを詰めただけだけど、ご飯はいつも炊いていた。  私はお父さんがいない間はいつも置いて行かれた。  でもおにいちゃんのお弁当の残りをおいて行ってくれるのでそれでお昼を食べていた。  お米がなくなったひにお父さんは帰ってこなくなった。  お米がないから炊き方は知っていたけど炊くことはできない。  いつもお昼しか食べていなかったから最初の2日くらいは我慢できたけど、 その後はおなかが空いてしかたがなくコンビニでパンを取った。  お弁当は大きくておなかに入らなかったし、おにぎりは棚の上の方で届かなかった。  パンは棚の下の方にもあったので、ずっとパンしか食べていない。  何回パンを盗っただろうか。  でも、その日にコンビニでパンを盗ったのを、コンビニの人は見ていた。  前の日からおかしいとおもっていたので見張られていたようだ。  二人の事はすぐにばれてしまった。  それまでもお父さんと何度か行ったことのあるコンビニで、コンビニの店員はいつも季節や体形に合わない服を着ている子供達を虐待なのかなぁ?と疑ってみていたからだった。  ただ、お父さんは叩いたりはしなかった。  でも、とにかくお金がなかったらしい。お仕事に行っていることは少なかった。  昼間はどこかに行って、時々はお菓子を持って帰ってきた。  家にコンビニの人が警察を連れてやってきて、お兄ちゃんと私は児童保護施設って言う所に送られた。  行ったらすぐに美味しいオムライスを食べさせてくれた。  ずっとパンしか食べていなかったのでご飯がお美味しかった。 「ゆっくりたべてね。おなか痛くなるよ。」  ずっとおなかが空いていたのでつい急いで食べすぎて、私はご飯を詰まらせそうになった。職員の女の人がすぐにお水を出してくれた。 「大丈夫。ゆっくり食べてもいいのよ。今日はここでゆっくりするからね。」   「明日からはちょっと大勢のお友達と食べるから忙しいかもね。でも、大丈夫。お兄ちゃんも妹さんも同じくらいのお友達と一緒のペースで良いのよ。」  お兄ちゃんがきいた。 「お父さんは?」 「今探しているわ。お母さんも探している。」 「お母さんはいらない。とっくに出て行ったし、叩かれるし。お父さんはお弁当も作ってくれたし、叩かなかった。ただ、お金がなかったんだ。  お父さんにもオムライス、食べさせてあげたい。  さがして、たべさせてあげてください。」  お兄ちゃんは職員の人に頼んでいた。  私はオムライスを食べている途中でお腹がいっぱいになって、眠くなってしまった。だれかがそっと抱っこして、いつもの固い畳の上ではなく、フカフカしたところにおろしてくれた。そして、何かをかけてくれた温かい。  とても気持ちが良くてそのまま眠ってしまった。
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