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二年後
二年後。
彼岸花の咲く時期。
月が輝く夜。
遊女達を侍らせる男達も多く、人で賑わう花街。
立ち並ぶ料理屋から出てくる影が二つ、あった。
「またご贔屓にしてして下さいね。」
「ああ、また来るさ。次もよろしくな。」
可憐な遊女が艶やかに微笑み、それにある男は笑いかけ、ある男は素っ気なく目をそらしていた。
二つの影は夜道を歩き出す。
「は~食った食った。
少し飲み過ぎたなぁ。
…まあ、きっちり仕事はこなしてるからな。
文句を言われる筋合いもねぇか。」
一人は久我家の跡継ぎ、久我昭太郎だった。
身体は大柄に、柔和な顔立ちには以前より精悍さと冷たさが増した。
明るくてやんちゃそうな反面、どこか得体の知れない雰囲気を纏っていた。
油断したが最後、食らい付いて離さない獰猛な獣のようだ。
「父上が体調を崩している時期だと言うのに、見境なく飲むとは…。
相も変わらず呑気だな、貴様は。」
一人は久我家の鬼子にして、跡継ぎの剣であり双子の弟である久我柊だった。
長い髪を高く結い上げ、アザのある右半分を人前では長い前髪で隠している。
中性的で怜悧な顔立ちは、あどけなさが消えて大人びた。
神秘的な印象を与えながらも、以前は無機質だった表情や目元が柔らかくなっていた。
しかし昭太郎を見る眼差しは、鋭く冷たい。
「護衛で飲めないからって俺に当たるなよ、柊。
その代わり、俺のおかげで美味い飯が食えたんだから感謝しろよ。」
酔って気分が良くなっている昭太郎が笑みをこぼして、柊をからかう。
「ふん、あのような味気無い飯を美味いと思えるとは、舌が狂っているのではないか?」
近道の人気のない路地を入った。
「味気無いって、いつも外で食うとそればかりだな?
それって単純にキヨノちゃんがいるかいないかの違いとか言わねぇよな~?」
「貴様、私をからかうのもいい加減に…」
柊が昭太郎を睨んだ時だった。
突如何者かの気配を察知した柊は物影に目線を向け、刀を抜いていた。
「刺客だ。死にたくなければ大人しくしていろ。」
柊が昭太郎に呟いたと同時に物影から現れる人影。
影のように現れた男が、音もなく短刀を投げ放った。
柊は昭太郎を後方に突き飛ばし、身を伏せる。
同時に、今まで昭太郎がいた場所を通過していく複数の短刀。
男が続け様に脇差を振るい、柊の刃と衝突していた。
暗闇の中、火花が散って柊は刀で脇差を払い上げる。
刃が煌めいて次々降ってくる攻撃を、柊は易々といなす。
久我家を狙う者は多い。
敵対している派閥や、あるいは身内。
それだけ久我家の影響力があるという事だ。
現在は当主の玄宗が身体を壊していて、昭太郎が当主の代行をしている。
その隙を突こうとでもしているのかもしれない。
「遊びは終わりだ。柊、吐かせろ。」
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