鬼が出ると呼ばれた地

1/1
62人が本棚に入れています
本棚に追加
/152ページ

鬼が出ると呼ばれた地

 時は江戸時代。 その土地では昔から、穢れを持った鬼が出るという伝説があった。  貧乏な商家に生まれたキヨノは兄弟が多く、日々を暮らしていくのもやっと。 武家に見習いとして奉公に出されたばかりだ。  家は商家だが貧しい。 奉公に出された家では、下女として扱われながら、毎日を目まぐるしく働いていた。 暮らしていくのもやっとな時代。 紹介を受け、奉公に出されただけ遥かに運が良い。 人によっては遊郭に売り飛ばされる者もいる世の中。 辺り一帯を治める武家、久我家での奉公なら充分恵まれている部類だ。  キヨノはその日、使いを頼まれて町を歩いていた。 まだこの地にやって来て間もない。 買い物は思いのほか長引いた。 気づくと空は暗くなってきていた。 夕焼けと夜の混ざった空。 不思議と今日はやけに不気味に感じた。 それこそ妖怪や化け物でも現れそうなまでに、不吉な色だ。  「あれ…?」 キヨノはいつの間にか知らない道に迷い混んでいた。 人気が無い。 その不気味さに元の場所まで戻ろうとした矢先。 うめき声と共に路地(ろじ)から転がり込んでくる男。  「ぐ、ぎゃぁっ!?」  血にまみれた体。 男が路地(ろじ)に怯えた顔を向け、尻餅をついていた。 男がこちらを見た時には、キヨノは咄嗟(とっさ)に物陰に隠れていた。 キヨノが息を殺して、物陰から様子を(うかが)う。 近頃、(ちまた)辻斬(つしぎ)り魔が出ると、聞いた覚えがあった。 路地(ろじ)から現れたのは人影。 浪人笠(ろうにんがさ)目深(まぶか)に被って顔を隠した男。 武士か、浪人かは不明。 握られた刃には鮮血。 暗い色の着物にも返り血がべったりとついている。 (まと)う雰囲気は冷たい。 凍り付くような圧に、キヨノは呑まれる。  「金ならいくらでもやる!誰か! 助けてくれぇっ!!」  尻餅をついて動けなくなっていた男。 辻斬り魔に助けを()うた。 その瞬間。 振るわれた刃が、無情にも男を斬り捨てていた。 男が倒れて動かなくなる。 距離はあるのに、緊迫感から動けない。 キヨノでは見えないほど速く、素人目から見ても相当の実力者とわかる剣術。 目の前で人が死んだ。 キヨノは、今度は己の番だと胸を押さえる。 足がすくんで逃げる余裕すら無く、息一つをしただけで暴かれそうな恐怖。 硬く目を(つむ)ったその時だった。  「あれ、そんな所で何してるんだ? キヨノちゃん。」 すぐ近くで聞こえた声。 目を開いて、キヨノはさらに驚く。  「あ…しょ、昭太郎(しょうたろう)、様…?」  キヨノは辻斬(つしぎ)り魔かと思い身構えた。 しかし、目の前にいた人物を目に(とら)え、面食らう。  呑気(のんき)にキヨノの顔を覗き込んでいたのは、奉公先の久我家の子息、久我昭太郎(くがしょうたろう)だった。
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!