73人が本棚に入れています
本棚に追加
暮れ六つ、朧が屋敷の立ち入り区域にいた。
人気がないか、辺りを確認しながら手に弁当を抱え、足はまっすぐに離れに向かっていた。
朧は離れの扉の前に弁当を置くと、錠を外す。
扉を開け、朧と柊が顔を合わせる。
「おや、貴方が出迎えとは珍しい。食事を持って参りましたよ。」
「朧、そろそろ貴様の顔も見飽きた。次からは別の者を寄越せ。」
「貴方が珍しく出迎えた理由はそれですか。
唐突に無理難題を突きつけてきますね。
そもそも貴方を知る者は私と、限られた者しかいないというのに。」
普段、幽閉された柊の元に食事を持ってくるのは朧の役割だった。
何も知らない奉公人達への説明としては、立ち入り禁止区域の事は、先祖達の眠る聖域という事になっている。
事実、墓もあるので、嘘ではない。
三食持っていく食事は、先祖達のお供え物だとも。
久我家の血を引く者以外は、そこに人が幽閉されているとは夢にも思わない。
「キヨノという下女がいただろう。
これからはその者を呼べ。」
その時、聞こえた言葉に、朧は己の耳を思わず疑った。
「どうして貴方がキヨノの名を…もしかして、ここに来たのですか?あの子は。」
「既に何度か。貴様の監視が甘いせいだ。」
キヨノが以前朧に、立ち入り禁止区域の事を聞いてきた事があった。
その時には既に、柊と会っていた可能性がある。
「それは彼女に代わって私が謝罪します。
しかし貴方には悪いですが、彼女をここに呼び寄せるということは出来ません。」
「それならそれで構わないが、その代わりに私は私の好きにさせてもらう。
言いたいことがわかるか?
貴様が断るつもりなら、私は何をするかわからぬぞ。」
それは脅しと同じだった。
最初のコメントを投稿しよう!