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キヨノは朧から弁当と離れの鍵を預かった。
朧はキヨノを見つめ、微かに憂いを帯びた顔で口を開く。
「…貴女が、あの方と何を話したのかはわかりませんが、くれぐれも深入りし過ぎてはなりませんよ。」
「それは、どういう事ですか…?」
「あの方、いえ…昭太郎様も含めて、我々とは住む世界が違うとだけ伝えておきましょう。」
朧にしては珍しく、寒気がするほど冷たい声音と瞳だった。
それきり振り返らずに、朧は屋敷の奥に消えていった。
キヨノは朧の言葉を疑問に思ったが、ひとまず離れに向かう他なかった。
離れは相変わらず人気がなく、寂しげだった。
キヨノは離れの錠を外した。
「柊様、本日からお世話をさせて頂くキヨノと申します。
朝食をお持ちしました。」
しばらく待ってみても、反応がなく、キヨノは離れの中を覗き込む。
中は思っていたよりも広く、家具が並んでいる。
一見すると、普通の和室と変わらない。
そして室内に敷かれた布団には、こちらから背を向けて眠る長い髪が見えた。
恐らく、柊だろう。
キヨノは朝食の弁当を、近くの机の上に置いた。
そのまま戻っても良かったが、小さな好奇心が湧いた。
そろそろと忍び足で、キヨノは柊の布団に近付く。
今ならいつも隠された柊の顔も見えるかもしれないと、眠る柊をキヨノが上から覗き込んだ時だった。
突如伸びた手が、キヨノの手首を掴んだ。
いつの間に体を起こした柊が、顔を下から覗き込んでいた。
どうやら、起きていたらしい。
腰程度までまっすぐに伸びた髪。
相も変わらず長い前髪が顔の大部分を覆い隠し、唯一ちらりと覗いた左の瞳が、キヨノをまっすぐに射抜いていた。
それは畏怖すら覚える程、冷たい瞳だ。
ただの獰猛な獣とはわけが違う。
鋭い眼差しは、こちらが見上げているのにも関わらず、見下ろされていると錯覚するほど凍てついていた。
一見しても、昭太郎とはあまり似ていないとキヨノが思った瞬間、柊の口が動いた。
「キヨノと言ったか。
どんな顔をしているのかと思いきや、なんだこんなものか。」
柊の表情は微動だにしていないが、小馬鹿にされたのだと、瞬時にキヨノは悟った。
「し、失礼な方ですね!
貴方だって顔を隠しているのに!
そもそも、その髪で周りが見えているのですか?少しは切ったらどうなんです?」
掴んでいたキヨノの手を振り払い、柊は息を吐いた。
「ふん、貴様に指図される覚えはない。余計なお世話だ。
食事を運んだのならさっさと仕事に戻れ。」
「言われなくても、わかっています!」
「生意気だな。私に口答えする気か?」
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