57人が本棚に入れています
本棚に追加
/173ページ
1-1 二人のこと
6月28日、金曜日。午前6時。
俺の名前は早瀨悠人。大学三年生だ。ロックミュージシャンでもある。リアクションがすごいそうだ。愛されているそうだが、笑われてもいる。俺としてはクールな男を目指している。俺には結婚の誓いをして指輪の交換をしたパートナーが存在する。
そのパートナーの名前は早瀨裕理という。32歳。黒崎製菓の営業企画部部長代理。黒崎グループ経営戦略部長。仕事の顔は冷静沈着。家に帰れば、優しくてふざけている。頑固、石頭親父に変化つつある。
俺達が同じ名字なのは、早瀬の両親と養子縁組をしたからだ。俺にはもう一組、養子縁組した人達がいる。遠藤夫妻だ。出会ったばかりの頃から俺のことを心配して、何かと面倒を見てくれていた人達だ。そして、両親は健在だ。父は再婚して、新しい家庭を築いている。母とは疎遠になっている。しかし、新しい仕事でつながりが出来て、関係の再構築が叶えられようとしている。
カタカタ。
すっかり慣れた早瀬家のキッチンで、朝ごはんを作っている。和洋折衷のものだ。定番のワカメのみそ汁、チーズトースト。ちぎっただけのレタスサラダには、ツナをトッピングした。
大きな課題である卵焼きは上達して、ふっくらと焼きあがった。殻が入らず、端っこがパリパリでもないし、黒焦げもない。
「継続は力なり。裕理さーん。できたよ」
「悠人。最後の魔法を忘れているぞ」
「やらないから。もう……」
「ゲームに負けたんだぞ。来週の月曜日までは、ステッキを振る約束だ」
「げえええっ。持ってくるなよ」
早瀬が差し出してきたのは、ピンクを基調としたプラスチックのステッキだ。マジカル少女ミカリンが使っているもので、クルクルステッキという。俺が好きで観ている女の子向けのアニメだ。魔法の呪文があり、相手の心を開く。味噌汁の心を開いてどうするのか?
「オープン・ザ・ドアー。味噌汁鍋の蓋よ、開け!クルクルステッキ最大量ーー!はあ……」
「いい匂いだな。さあ、食べようか」
「はあ……」
こうして早瀬家の一日がスタートした。
回転木馬のようにエンドレス。
召し上がれ……。
最初のコメントを投稿しよう!