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軽く見上げるとそこには灰色しかない空が広がっている。そのくらいにこの街は都会と言うことだ。視界にはビルが移ってその青くない景色を狭く壊している。
それでもこの街ではそんなのは日常。誰も気にしてない。遠く田舎の青い空なんて忘れてるんだろう。
昼休みにパンを一個齧りながら呟きが聞こえる。その人物も高い建物の上層階で仕事をしている。いわばエリートと呼ばれる人間なんだ。
「疲れたな」
彼女の最近の口癖になっている。
有名大学を優秀な成績で卒業して、有名企業の本社に総合職のそれも幹部候補生として働いている彼女。人からは羨ましがられる人生なのに、最近はずっと疲れている気分だった。
毎日会社と自宅の往復。家ではただ眠るだけ。仕事はとても忙しい。自分で選んだこと。だけど、こんなに辛いのかと今更になって思ってしまう。仕事はもっと楽しかった筈。そんな時代もあったのに。全てが灰色のこの空みたいになっている。
食事としているこのパンだって味がしない気分。単純に空腹を満たすための手段になって、昼休みに仕事をしない会社の規定がなければ、食事も忘れらほうが楽なのかもしれない。
都会のど真ん中に落とされてきれいじゃない空を眺めるのは本当に美しい景色を知っているからかも。
「なーに、つまらない顔をしてご飯食べてんの?」
かなり親し気な声で楽しそうに声を掛けたのは彼女と同期の友人の女の子。
同期とは言え、立場はかなり違う。大学は一緒で、共に優秀だったが、その友人は事務職を選んでいた。それでもこの本社は本当に一部の優秀な人間しかいないので彼女も、その一員なのだ。
「なんか、最近ずっと疲れてるんだよ」
彼女の表情は暗い。友人とは雲泥の差がある。
それを友人は心配しながらも「忙しいの?」と聞くが彼女は「そんなに」とそれなりには忙しいがこんなに疲れてる理由に似合ってない本音を返していた。
二人はとても親しくて一番の友人と言える。だから友人は彼女のことを心配しているのだが、今の彼女はそんな余裕もない。
「これいる? 食べ残しで悪いけど」「一口齧っただけじゃん」「食欲なくてさ」「病気?」「健康診断は優秀な成績だったよ」
彼女は持っていたパンを友人に渡して会話を続けるが、その時にはもう窓辺のラウンジテーブルに伏せて話している。
「それは、君。退屈なんじゃない? 人間楽しいこともないと、疲れたって気分だけが残るんだよ。食べ物も美味しく思えないなんて重症だよー。最近の楽しみってなんなのよ?」
友人の言葉にふと考えてみる。楽しいことなんてない。仕事を始めたばかりのころは、仕事も楽しかった。それがもう五年も過ぎると同じことの繰り返しみたいになっている。
考えても返事は浮かばなくて「うーん」と唸るだけ。
「こんな時は美味しいものでも食べなきゃ。良いところを教えてあげるよ!」
友人はパンを丁寧にしまってから、腕を引っ張ってダルそうな彼女を連れる。
お節介なことでもあるけど、彼女はこんな友人は有難い。優秀な人間というのはあまり好かれない。それなのに、こんなにいつも一緒に居てくれるのが嬉しい。
目的の場所について「さーて、今日のランチセットはなにかなー?」と友人は楽しそうにメニュー看板を見ている。だけど、そこはお洒落なカフェとか、安くて美味い人気の定食屋ではない。
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