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「これって社食じゃん。正直あんまり美味しくないんだよね」
「それは昔のことだよ。今季から料理人が新しく正規雇用になって味が良くなったんだから。嘘だと思うなら食べてからにしてよ!」
確かに福利厚生のために社内ネットの掲示板にそんなことがあったのを彼女は思い出していたが、その時にはもう友人が今日のランチを勝手に二つ注文していた。
「食欲ないってのに」「私のおごりだから!」
どこまでも友人は楽しそうに話す。これがこの子の良いところでもある。
総合職さえも選ばなかったのは楽しく過ごしたいからと昔に話していのを覚えているが、それは当たっているのかもしれない。
友人はとても楽しそうで毎日笑顔。対する彼女は自分の姿を見ると、化粧は最低限、髪も元々短いのが好きなのに、伸びてしまっている印象に、ボサボサとしている。企画の仕事ばかりで会うのは同僚ばかりなので外見を気にしなくなったのが悪影響なんだろう。
出来上がった料理を運ぶと、自分の悪いところばかりを彼女が考えていると「頂きます」と友人が向かいの席で丁寧に手を合わせていた。
友人は事務職だけど綺麗な恰好をしている。化粧も自然に、服装だって華やか。かなり彼女とは違う。そして彼女は自分と一番違うところを眺めてた。
それは手を合わせている友人の左手薬指。キラリと指輪が光っている。
友総務で雑用を頼まれて本社中を巡っているときに営業部の優秀な人を見つけ、暫くすると結婚していた。相手はこの友人よりまだ若いが、優秀でさらに家柄も良くて、なにより友人にべた惚れ。親友としては文句の付けようのない相手だった。
その頃の彼女といえばまだ仕事が楽しくて駆け回っていたころ。今では売れ残りと言われそうになっていた。
見つめている視線に気づいた友人は「ふーん、そっか」と言うので「どうしたの?」と彼女は逆に聞く。
「退屈なのは恋がないからか。だけど、それは簡単じゃないよ。バイタリティが必要。取り合えずは美味しいごはんで元気を付けないと!」
全て見透かされたみたいな彼女に友人は箸を差し出している。
完全に忘れていたランチに目をやる。奇をてらったところのない生姜焼き定食だ。昔の社食とメニューはそんなに違ってない。
だけど、その見た目は琥珀色に輝く豚肉に甘じょっぱい香りがまとって、タレが添えられているキャベツまで美味しそうに見せている。ごはんも白く輝いて、御御御付やお新香までも普通とは違う。
眺めていると彼女のおなかがくぅーっと鳴る。
「本当に美味しんだよ。騙されたと思って食べてみてよ。驚くからさ」
友人に言われて箸を進めると、たちまち料理は消えた。食欲がなかったのなんて嘘みたい。食べ残しもなく平らげると、自然と笑顔になっていた。
「これは、レストランとかだったらシェフを呼んじゃうところだ」
味わっている間は本当に無言で彼女はただ目の前の食事だけに集中していて、友人の存在さえも忘れていた気分だったので、冗談を含めて友人にお礼を笑顔で送る。
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