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地元の話
やや衝撃的すぎた話を先輩に聞いたその夜。
昼寝のしすぎでなかなか寝つけなかった俺は、決して大きな声では言えないが、最近溜まっていた下半身の世話に励んでいた。普段ならばその手の雑誌や動画を見るところなのだが、その時俺が思い出していたのは他ならぬ先輩の言葉だった。俺相手に『その気になる』という問題発言のことだ。
先輩は何もしないと言ったしあの後もわりと普段通りの会話をしたから、別段自分の貞操について心配しているわけではない。ないのだが、しかし気になるものは気になるのだ。
なぜ、特筆すべき所のない俺相手に『その気になる』のだろうか、と。
今思えば頭が沸いているとしか思えないが、深夜のテンションでややハイになっていた俺はそこで自分の痴態を想像するという暴挙に出た。当然すぐにその気色の悪さに行為を中断したけれども。
が、そこでやめておけばいいのに俺は、じゃあ先輩の痴態を想像すればどうだろうと思ってしまったのだ。
先輩は決して小柄で可愛らしいタイプではないし(この学園にはなぜか少なからずいるのだ。女顔負けの美少女、いや美少年達が)、当然胸もなければ余分なものもついている……はずだ。勿論見たことはないが。
だが、やはり深夜のテンションのせいだったのだろうか。どんな想像をしたかはとても口には出せないが、俺の息子は想像の中の先輩に普通に反応し、そして普通に出すものを出した。
だから今俺は、あまりの罪悪感に先輩の顔をまともに見られないでいる。
手持ち無沙汰に携帯をいじってはいるが、何をするわけでもなく機能設定画面をぐるぐると何往復もするのみ。音量調節画面を無駄に5回も見たところで、俺の視界の端にはちらちらとこちらを窺う先輩がうつった。先輩もこの間のことを気にしているのだろうか、とどことなく座りの悪さを覚えてはみたが、
「なあ、それさ……何?」
先輩が気にしていたのは俺のことではなく、俺の携帯のカバー、もっと正確に言うならカバーに描かれたキャラクターのことだった。
「これですか?」
「そう。豚、いや熊?」
「いや、兎ですよ」
確かに一見何者なのか良く分からないという気持ちは分かるが。
「は? 兎? ちょっと見てもいい?」
「どうぞ」
携帯ごと渡すと、受け取った先輩はまじまじとそれを眺め、怪訝そうに首を捻った。ちなみに渡す拍子にかすかに触れた指に俺が内心反応したのは、我ながら気色が悪いので墓場まで持っていく秘密とする。
「見たことないなあ。何のキャラ?」
「ああ、これうちの近所の商店街のマスコットキャラなんです。ラビ夫くんっていう」
「なるほど、ローカルなやつか」
「そう、見慣れるとなかなか可愛いんですよね、これが。だからわりと地元では人気あって、それは先週出た新作。麻衣ちゃんに送ってもらったんですけど」
「……マイちゃん?」
「あ、姉です」
「あー、ああそう、お姉さんね。なるほどなるほど」
ここで彼女ですとでも答えられれば見栄もはれるというものだが、まあいないものは仕方ない。そんな残念な俺の答えになぜかにこにこしだした先輩は、カバーのラビ夫くん達を眺めては「うーん、見れば見るほど味があるな」と呟いた。
「……興味ありますか、先輩」
ずい、と身を乗り出す俺。
どこか覚えがある光景だと内心思えば、これはいつかの先輩と同じパターンだった。なんやかんやでまだ読み終わっていない本を薦めてくれた時の。
だが先輩は特に何も思わなかったらしく、ラビ夫くんサッカーバージョン(ちなみに地域の運動会に参加しないと手に入らない限定品)を見つめながら普通に頷いた。
「うん、可愛いな。兎好きだし」
「ああそうか、動物好きですもんね。良かったら1個いります?」
「え、いいの?」
「もちろん。これ、同じのもう1個持ってますから」
鞄から取り出したのは、頼んで2個買ってもらった片割れ、未開封の方だ。
なぜ同じものが2つあるかと言うと普段つける用とは別に保存用のつもりだったのだが、ラビ夫くん布教のためならば別段惜しくはない。つまり、俺は商店街マスコットキャラクターラビ夫くんの熱狂的なファンなのだった。
「えっ、本当にいいの?」
「いやー先輩がこの可愛さを分かってくれるなんて嬉しいです。こっち来たら誰も分かってくれなくて」
あれ、こんな台詞も覚えがあるな。
「じゃあ俺もつけよっかな。いい?」
「どうぞどうぞ。あ、見せびらかして宣伝してくださいね!」
「……え、それってお揃いを?」
「ラビ夫くんの良さを!」
「あ、ああ、うん、だよな」
目を輝かせたと思った先輩は、今度はなぜかしょんぼりしてしまった。
その時の俺はラビ夫布教で頭がいっぱいだったため何も思わなかったのだが、後から考えてふと気がついた。先輩は俺とのお揃いを見せびらかしたかったのだろうか、と。はて、何でまた。
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