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「…ふふ、何?冗談でしょ。」
私は、くだらないとでも言うかのように笑い、凪の言葉を鼻先であしらった。
どうせ凪の冗談だ。
私を気を引くための、ただの冗談。
そう思う反面、少しだけ胸がざわついた。
凪は、言葉が足りないうえに話し下手。それでも、人を傷つけるような冗談は言わないし、嘘もつかない。これまでの長い付き合いの中で、凪がついた嘘は私への恋心の存在だけ。
そして、何より最近の晴くんの違和感。
減ってきた、愛の言葉。
疑い始めた、彼の好意。
考えれば考えるほどにじわじわと凪の言葉の説得力が増していき、嫌な汗が噴き出して背中を伝う。信じたくない気持ちが喉を締め付けて苦しい。
「嘘、だよ…ね?」
喉の奥からなんとか絞り出した、か細く消えかかった声で凪に訴えかける。
今なら許すから。
ふざけんなって、笑いながら許すから。
お願いだから「冗談だ」って言って笑って。
そんな願いも虚しく、凪は難しい顔のまま首を横に振った。
「さっき、教室から九条先輩が階段登って行くのが見えた。そのすぐ後ろを女の人が着いていくのも…見た。」
「見間違い、じゃなくて?」
「…夏休み入る前に1回、今月入って2回。今日が4回目。こんなに見てて見間違えねぇよ。」
今日で、4回目。
4かい、め…
「…な、んで、黙ってたの、今まで。」
「…言えねえだろ。確証もないのに、わざわざ教えてやる必要もないと思ってた。」
「じゃあ、なんで今、」
「もしこれで本当に浮気してた時、一人で現場見たらきついだろうから楓に着いてきた。言うタイミングも今しかないと思った。」
そう話す凪の表情はどんどん険しさを増して、嫌でも凪の言葉を信じざるを得なくなってゆく。
「でも…やっぱり、信じられない。」
「まぁ、簡単には納得できねぇよな。」
「…本当に浮気なのか、確認する。」
「…俺も一緒にいる。」
知りたくない気持ちが5割。知らなければ今まで通り、何事もなかったように一緒にいられる。
知りたい気持ちも5割。真実がはっきりしないまま一緒にいるのは辛い。
凪の見間違い、勘違いならそれでいい。ただ、このまま馬鹿なふり、見ないふりはしたくない。
ひとつ、大きく息を吐いてドアノブを握る手に力を込めた。
「じゃあ、開けるからね。」
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