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わからない
香奈との約束の時間、約束の場所に向かった。
久保駅でちょっとしたトラブルに見舞われた。
改札でスマホのアプリが認識されなくて、駅員さんのところに行って手間取った。
こんなこと今までなかったのに。
これから悪いことが起きそうで、逃げ出したくなった。
朝のテレビで今日の占いの結果が悪くても気にしたことなんてなかった。縁結びの神様も、パワースポットも信じない。だって全部裏切られてきたから。
それなのに、ちょっとアクシデントがあったくらいで気が滅入ってしまった。
香奈が指定した、リヨンというカフェは、本当に駅のすぐ隣にあって、大きな看板が出ていてとても目立つ店だった。
店内にはスーツケースを持った客が多く、通路が広めにとってあった。
客の多い店内を見渡していると、壁側に、香奈を見つけた。
4年ぶりに会うのにすぐにわかった。
向こうもすぐにわたしに気がついた。
「遅くなってごめんね」
「まだ約束の時間よりだいぶ早いよ。わたしは迷ったらいけないと思ってかなり早めにホテルを出て来たから」
「そうなんだ」
「人が多過ぎて落ち着かない」
普通に話をする香奈に戸惑っていた。
「元気だった?」
「……うん」
どうして元気かなんか聞かれるんだろう?
それともこれって、普通の挨拶だった?
「英子覚えてる?」
「覚えてる」
「今じゃ双子のお母さんだよ! 千恵なんか学校の先生だし。信じられる? あの千恵がだよ?」
「そうなんだ」
こんな何でもない話のために呼ばれたはずがない。
「苗字、変わってないってことは、結婚してないんだ?」
「してない」
「わたしも。田舎じゃこの歳で結婚してないと周りがうるさいとこだけど、お姉ちゃんのことがあるから、親も早くしろとは言ってこない。授かり婚って言うんだっけ? 今は。お姉ちゃんはそれで結婚して上手くいかなかったし」
やっぱり……お姉さんのこと……
テーブルの上に落ちているグラスの水滴をずっと眺めているしかできないでいた。
「お姉ちゃん、離婚したんだ」
胸をぎゅっと掴まれるような痛みが襲った。
心臓の鼓動が速くなる。
聞かないと。子供のことを。ちゃんと聞かないと。
「お姉さんの子供、怪我したんだよね?」
「怪我? どの怪我のこと?」
このまま立ち去ってしまいたい。
逃げることができたらどんなに楽だろう。
香奈は話しながら、自分の大きなバックの中をさっきから何か探しているのか、手を入れてゴソゴソやっていた。
「ちょっとごめんね」
やがて、バックの中身をテーブルの上に出し始めた。
「嘘ぉ……」
結局、目的のものが見つからなかったのか、ため息をついた。
「ごめん。お姉ちゃんから佑香に渡すものを預かってたんだけど、ホテルに忘れてきたっぽい」
「え? あ、うん」
「明後日、もう一回時間作って」
返答に困った。
「明後日、仕事、何時に終わる?」
「……6時前には」
「7時の新幹線で帰るんだけど、JRの駅に来てもらえない?」
「わかった」
「これから、KAMIKAZEのフアンの子達とオフ会なんだ。まなみんも一緒」
「今も、好きなんだね」
「そう。この年で恥ずかしいよね」
「そんなことないよ」
「でも、おかげで佑香に会えた」
「ライブで知り合った子達に聞いてまわってた甲斐があった。親とも連絡とってないんだね?」
「……うん」
「そろそろ行かなきゃ。また、明後日」
先に店を出る香奈の後ろ姿を見送った。
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